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逃げるウソと虚偽の自称武術家

呆れてしまう問題の自称武術家創始総師範、神田真澄こと神田吉隆はいまだに逃げに逃げに回って、公開質問状に答えることも無く、相変わらず、逃げ回っている。何故答えないのか?答えられないからである。常套手段であるいつもの政治家顔負けの言い訳も思い浮かばない。正当性と正統性がないからだ。真実を暴かれて、グウの音も出ないからである。正義と大義を言えない。次は勁と空勁の技である。本格的に師母と直接にマンツウマンで三十年の訓練修練を積んだ私には以前にチラッと見た神田真澄こと神田吉隆の自慢の秘術、秘技と豪語する勁空勁を見た私を満足させることは出来ない。鼻くそのような幼稚園のお遊戯のような技を見せられて、唾を吐きたくなるような技と相変わらずの得意げな傲慢な態度でできあいのレースを見るような動画である。正義と大義もなく、尤氏意拳を名乗る正統性もない。技である大事な核の勁空勁も鼻くそのような幼稚園のレベル。こんな尤氏意拳が大手を振って活動することは許されることではない。百歩千歩譲って、もし活動を許されるならば、何百回も言っている巻き上げたカネと借金を返済して、社会人としての資格を取り戻してからにしてからにしてからどうか。しかし尤氏意拳の創始総師範を名乗る資格は、一ミリも1パーセントもない。たった二回の師母との面会を数年間の苛酷な訓練にすり替える、このウソつき創始総師範を担ぐ生徒が哀れである。この末代まで引きずる汚名をいつ払拭するのであろう?中国で最高と噂される尤氏長寿養生功に泥を塗ってはいないか?そんな誰でも持つ道義も常識もないか?ウソつき、オオカミ少年は最期にオオカミに食べられてしまう。この大ウソつきの神田真澄こと神田吉隆を食べるオオカミは何なのか?私にはどうでもいいことだが、神道の信者ならば、最期はせめてしっかりと祝詞を奏上して、最期を迎えてもらいたい。それでも犯した罪は消えてなくなってしまう訳ではない。哀れなものである。