筋肉を鍛える意味

どんな人間の身体活動では、特にスポーツ、更に武術においては、目的を達成する為の筋肉の養成が必要になる。当たり前のことである。一流のスポーツ選手、野球とサッカーに例を挙げよう。例えばイチローは四十を過ぎても、まだプレー出来る身体を保持している。サッカーのロナウドクリスチアーノは毎日の筋力トレーニングを欠かさない。氣の世界も同じである。氣のトレーニングは瞑想である。では、筋肉と瞑想の接点は何であろうか?筋肉を鍛えると筋肉細胞の中の筋紡錘と言う組織は人間の脳細胞と直結して筋肉と脳の間の連絡をより活発にするのである。瞑想も脳を刺激して脳と筋肉の氣の流通をより活発にするのである。筋肉を鍛えるということは、実は脳を鍛えることであった。私が、あるテレビの番組でお会いした格闘家の船木さんは、格闘の最終トレーニングは瞑想ではないかと言っていたのもそのことを意味しているのではないか。野球でもサッカーでも超一流の選手はいづれそのことに気づいて最終的には瞑想を行う筈であると私は思っている。一流であればあるほど、筋肉鍛練と瞑想の関係に気づく筈である。翻って、氣功の勁空勁のコツに戻る。脳と筋紡錘を築き上げた身体は瞑想を必要とする。私は師母にアメリカを離れる前にこれからは瞑想が必要だ。と言われていた。言われる前から、朝晩一時間、毎日すでに、私は行なっていたのである。三十年ほど経つであろうか?今でも毎日瞑想しているのである。瞑想して氣の準備、筋肉の準備はいつでも使えるようになっている。いつでも臨戦状態である。練習や講習会の前に特別なことはしない。必要ないのである。平常心とはこういうようにいつでも臨戦状態になっているので、何があっても慌てないようにする。地震や火事に備えて、災害が来ても慌てないことと同じではないかと私は思う。とにかく、筋肉を鍛える、鍛えないに関わらず、瞑想することである。瞑想して損することはない。

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