最初の站椿功

一番最初に立って瞑想する站椿功の時に何が頭の中を駆け巡ったかよく聞くが、私の時には、生まれた頃からこれまでのさまざまな出来事が走馬灯のように時系列に出てきてひとつひとつなぜそうなったのか、不思議に分析していたのであった。站椿功が終わって、トイレに行って鏡の自分の顔を見た時驚いた。額に青筋が立っていたのであった。怒りであった。この氣功に出会う前に相当な怒りが私の中にあって、そのはけ口が無かったようだ。だから、瞑想して深層部の心の中より湧き出てきたようだ。念のため、私の妻に站椿功の時に何が頭の中に浮かんだか聞いて見たが、食べ物のことが出てきたと言った。人によって違うらしい。私の怒りを分析して見たが、幼い頃いじめられた頃の分析、小学生中学生の時に理不尽な学校の先生の体罰、高校大学の学費が足りなく、バイトの毎日など生きてきた意味、何の為に生まれてきたのかなど相当に哲学的なものであった。出会った他人の死などもあった。何を求めて生きるのかという深い瞑想であったと今では思うが、最初何の説明なくさせられたので戸惑いとどのように処理するのかわからない。今の自分の心境で私の生まれてどう生きてどう終わらせるのかともうそろそろ見えてきた。貧富貴賎の境遇は我々には選ぶことは出来ない。その境遇から抜け出るには、幼い頃から準備しないと理想の自分には到達出来ない。私がそうである。頭は良くないので、コツコツ勉強する。思えば、荒れ地の開墾のようである。今でこそ収穫出来る程に土地にクワが良く入って、均されているようだ。別に武術や氣功で職業としようとしたことはない。自然の流れでそうなった。土地の開墾と同じで良い土を作るには土地の開墾と土に作物を育てられるまで耕すのである。人生とはそんなことではないか?若い時には荒れ地を耕すように身体を傷つけながら、岩や石ころを取り除く作業が必要だ。だんだんといろんな作物が取れるか試してみる。そのうちに一番効率の良い作物が取れて少しずつ生活も楽になる。晩年は子どもも大きくなって子どもにアドバイスして教えて、さらに土地を広げる。こんな地道な作業が人生ではないかと、今は、実感として私の中にある。今私は収穫の真っ最中である。私の子どもは道場生に育ち、少しずつでも手を広げて新たな大地を求めて目を向け始めているのである。一人の人間が何か伝えて、そのうち伝えられた人間がまた伝えて伝播して行く。希望の光が見えてくる。そう、光、ともしびの拡大である。最初の站椿功から三十年、怒りの站椿は長いあいだの瞑想によって、荒れ地は開墾されて、怒りも静まり、開墾後の土地に植えた作物を分け与える季節になっている。瞑想を次の世代にバトンタッチするのである。私には希望がある。私の子どもたちがバトンタッチされたバトンを次の世代に受け渡ししてくれる。その希望は光である。暗い世の中を照らして、次の日本の子どもたちがつまづかぬようになる。この希望の光を間違えて暗闇に引き込んでいる者がいるということも注意しておかねばならない。尤氏意拳である。尤氏意拳にはバトンは渡していない。

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