站椿其の二

站椿で最初に頭に浮かぶことは、私の妻のように順風満帆で育てられた者の頭には傷が無く、食べ物が浮かぶ脳であるかもしれないが、私の脳はあちこちに傷があったと思われる。しかし、瞑想はこの傷をパッチワークしてくれるのである。そしていづれ脳には傷が無くなって、瞑想時にはなんとも言えない安らぎの時が訪れる。この安らぎは、私の経験では、どんな金品でも購うことは出来ない心に必要な時間である。いつまでもそこに留まっていたいと思わせる体験である。人によって違うこともあると思うが、少なくとも私にはそう思われて、なぜ、先人の禅のお坊さんや覚者が瞑想を重視していたのか身をもって理解出来たのである。だから、金品にはあまり執着心は無い。金品より貴重なモノを知ったからだ。人間を向上させるにはは不可欠な行為なのだ。ドクター尤はこのことを体験したに違いない。武術が強さで競うことに重きを置いて修練することは人間の行為には重要なものではないと悟ったのである。ここに尤氏長寿養生功の面目があるのである。この尤氏長寿養生功の瞑想と訓練は日本の精神界と武術芸術の分野に多大の影響を与えることができると私は信じて疑わないのである。

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