人生の勝利者其の二

在日コリアンでプロボクサーの後に

介護士となって、パッキャオを殴った手は、現在、老齢認知症患者の肩を揉んでいる若者は試合では、敗者となったが、

人生の勝利者と成った。方や、私が

軽蔑する尤氏意拳宗家創始総師範と云う長たらしい肩書きだけを並べて、内容カラッポの新、神の武術として立ち上げているもう一人の在日コリアン、神田真澄こと姜吉隆は太田道場の道場生からカネを掠め取った後、逃げ回って、チャンピオンと言いながら、人生の敗者となっている。

元プロボクサーは自分の境遇に真っ正面から向かい合って、勤勉努力の末に

あのパッキャオと壮絶な殴り合いをして、フィリピン人をも、絶賛させた。

今は介護士の国家資格を持って、老齢者で認知症の患者の肩を揉んで、自分の

人生を堂々と歩んでいる。この在日コリアンの元プロボクサーは勝利者だけではない。彼は真のチャンピオンである。姜吉隆はいっときの勝利者チャンピオンであったけども、人生の敗者である。

私の真似ばかりして、自分の人生を生きていない。嘘、偽りの人生を歩んでいる。同じ在日コリアンでも、一人は在日コリアンの英雄となり、一人は在日コリアンの恥となる。この違いは何なのであろうか?一人はチビの在日コリアンとして差別されて、今、猛勉強の末、介護士となり、おじいちゃん、おばあちゃんの

信頼される人となって、社会に貢献している。一人は嘘と虚偽でニセ武術団体を立ち上げて、以前に掠め取ったカネの返済を拒否して逃げ回って、人の恨みと

怒りを一身に受けて、私に破門されて、元道場生に見放されて、親戚のおじさんにあまりの嘘と人間性の醜さの為、勘当同然の身である。一人は人生の勝利者となり、この日本社会から見放されている一人は人生の敗者となっている。身体だけはチビでなく、六尺を超える大きいオトコではあるが、まともに働く気持ちは毛頭なく、嘘と虚偽で、見栄の楽な人生をご所望の様子である。嘘と虚偽でも、宗家とか創始総師範と云う肩書きだけの勲章を身につけたいらしい。元プロボクサーの勝利者は嘘偽りのない自分の人生を生きてチャンピオンとなり、嘘偽りのウソつき武術家、瞑想家は嘘と虚偽の人生を生きて人生の敗者となった。

この世の人生を終える時、俺は俺の人生を生きた、生き切ったと、満足して顔に笑みを浮かべる者は、どちらであるか?

試合ではチャンピオンにならなかったが

真のチャンピオンであったと、いっときはチャンピオンであったかも知れぬが、人生の敗者だったなと、評価が分かれることは間違いない。