知ってることと出来ること

誰でも分かっていることではあるが、

人が知らないことを教えられて、もう出来たと勘違いをする者がいる。古い文献を読んで、書いてあることを全て理解したと思い、自分はもう出来たと思い込む傲慢で無知な者がいる。誰にでも分かりきっていることだが、知っていることと

出来ることは違う。知ってることは

知識であり、体験したことではない。

しかし、知識は大切なことである。

体験は人間をもう一段階、引き上げるチカラを持っている。小さな引き出しに

知識をいっぱい詰め込んで、実際の場面で引き出しを開けても何も出ては来ない。体験、経験を積み重ねた者はとっさの時に身体が勝手に反応するのである。

言いたいことはもう分かるであろう。あの卑怯でバカな尤氏意拳の宗家創始総師範のカネだ吉隆こと姜吉隆は私がほんのわずか教えたことは全て、出来ることと思い、今に至っている。基礎やほんとの体験が無いから、ちょっと前に教えた

姜吉隆の生徒が講習会に来て基礎の型を見せても驚くほど下手で、基本と捉えるポイントが全く分かっていない。

今、姜吉隆自身がその基本の型をしても、今、私の指導員一般道場生から見ても、笑われてしまうだろう。今現在の

太田氣功道場のレベルは非常に高い。

私が師母から習った通りのことを

今、私が伝えているからだ。

以前は、教わった通りのように教えれば、誰も習えない、すぐ辞めてしまうと思ったので、そのようには教えなかったのである。アメリカで師母が教えていた時に私の知り合いを連れて練習に行くと、皆んな、辛いと言って、すぐ辞めてしまう。今私の下に集まっている道場生は真剣に本気で習いたい者ばかりで、

気持ちが良い。私の教わった通りのことを教えられているのである。

こんな風に尤氏長寿養生功の伝承は

続けられている。

自分が知ってることは自分が出来ることではない。