教育の意味
教育は英語では EDUCATION と云う。
そう. EDUCE である。日本語では
教え育てると書くが、日本語と英語では
大分意味が違って、実践の方法も違う。EDUCE とは日本語に訳すと引き出す、と言う
意味である。生徒の持つ能力個性、得意分野を引き出して伸ばしてあげるのが教育の
本質である。私が日本の小中学校で
学んだ先生は教育の意味などは一切
理解してはいなかった。教師の威厳を
保つことが最も大切なことであった。
私の兄が粗暴であったとしても、私が
粗暴であるとは限らない。
叩いて殴っても、私の能力個性は
引き出されない。私の両親は明治の
典型的な無知無学な態度で子供たちに
接した。親の権威だけ振りかざして、
一番小さく弱い私の立場をもっとそうするように親と姉兄の言うことを聞くように私を育てた。恥を晒すようだが、私の
姉は一人息子を数年前に亡くした。姉は
立ち直れなくて、初対面の誰にでも、
息子の写真を見せて、どのように死んで行ったか詳しく説明する。私はそれを見て、姉の性格を知ってるので、息子を
育てるのに、また親と同じ親の権威だけ振りかざして、プレッシャーを与えた
ことが原因、誘引であった可能性がある
と言ったけども、私の言ってることが分からない。分かろうともしない。親の
因果が子に報い、と言うが、因果因縁
の鎖をどこかで断ち切らないと代々
悪因縁因果は続いて行く。同じ事の
繰り返しとなる。悲しい愚かな事だ。
この悪因縁のチェーンを断ち切ることができるのが教育の力である。
イランで起こった宗教では教育の
重要性を説いて、お金があって子供を学校に送る場合、男より女を優先的に
学校に送るべしと説いている。バハイ
教である。この意味は大きいと考える。
子供は母親に感化させられる。
母親に教育があれば、子供をより高い
教育を受けさせる事になるからだ。
今、世界が格差の問題で上を下へと
大問題になっているが、高い教育は収入を増やして格差を縮める。解決策の一つとなり得る。私も大賛成である。