私の前に道はない

私の辿った人生の道には平坦な道は

なかった。日本でも、アメリカでも、私の能力不足もあるだろうが、何を成そうとしても、高い壁とイバラの道は用意されていた。余りの困難さに諦めようとしたことも一度や二度ではない。この尤氏長寿養生功も師母の余りの厳しさと回りの道場生のイジメのような執拗な仕打ちに心打ち砕かれ、小旅行を何回もした。気分転換して次の道を探す。その繰り返しであった。私の人生を再構築して幸せになる土台を作る。自己の心身を鍛える。特に瞑想を深める。一朝一夕には出来ない。五年が経ち、ついに通氣になると、険しかった道は開け、道は平坦になった。荒波は小波小波はなぎに、心身は変わり、下半身は強く重く、逆に上半身は軽くスッキリとして、道は歩くに楽になって毎日は楽しく、顔に笑みは溢れた。今では日本に戻り、また私の前に立ちはだかるものがあり、道は平坦ではないが、私はもう一人ではない。この氣功を

日本で推し進めるに強力な助っ人がいる。指導員のみんなである。最近では、新たに指導員候補も現れて、上級者の訓練の勁空勁の技教授は今、ピークを迎えている。これからこの氣功がどういうことになって行くのか道は平坦ではないことは明らかだ。うっとうしい問題は未だに解決していないが、朗報があった。

中国上海から私はまだお会いしたことがない私の兄弟子に当たる史先生が、この十月に来日されることになった。

嬉しい限りだ。史先生はドクター尤老師と欧陽敏師母がアメリカ行きの前に上海で

尤氏長寿養生功を習っていた方である。

徐々に仲間知り合いが増えていく。

氣は宇宙のエネルギーで暗黒物質、暗黒

エネルギーと同じであるから宇宙が拡大されるように、正しく秩序を守り

正しく氣を修練すれば、拡大して

当たり前なのだ。私の前に道はないが、

もう一人ではない。イバラの道は

歩き易くなっている。この修練する氣が

どのような変化を遂げて行くのか、

史先生といろいろお話しすることが

楽しみでならない。