仙人のアワビ茸
寒くなって来て、東北の温泉が懐かしく、回想していたらこんなことを思い出した。岩手の山奥の湯治場に行った時の話しである。泊まった湯治場にキノコを山から採って生計を立てているオジイさんがいた。私はお年寄りの話しを聞くのが好きでアメリカから持って来たタバコを一箱プレゼントして話しを聞いた。
よほどタバコを気に入ったのか、山の中で出会った熊の話しをし始めた。キノコ採りの合間に時々出逢うらしい。冬眠前の準備で目一杯に食事した熊の毛皮は
ビロードのようになるらしい。
太田さん、熊は山で会うと人間を襲わない、毛皮はチレイだよう!美しい!と言った後に、包みを私に渡してアワビ茸と言うんだ。これ茹でてあるからそのままわさびじょうゆで食べなさい、と言った。部屋に戻って、食べてみた。まさしく
アワビそのものの食感であった。その時は玄米菜食だったのでとてもありがたかった。アメリカの自宅近くの日系マーケットに同じキノコが置いてあって、ビックリして全部購入して私の妻に食べさせた。警戒してなかなか食べない。
ことの顛末を説明してやっと食べたら、
何これ!アワビじゃない!と叫び声を
挙げている。自慢げに岩手の仙人に
教えて貰ったんだよ、と言えば、もっと欲しいと言うからこの次入ったらまた
買って置くから、と言って特別仙人
メニューは終わったのであった。
この仙人は朝の三時に宿舎を出発して
キノコをいっぱい採ってきて、朝の
七時にはそのキノコを売るのであった。
朝早く起きる私は一緒に同行しようと思ったけども、私の脚より丈夫で早く,走るように山を歩く仙人の邪魔になると思い、言い出さなかった。この仙人に山の
歩き方を教われば、岩手の山 山を稜線に
沿って歩けば短時間で踏破出来ると
思った。私もこの二十年ほど仙人のようになったね、と言われたが、この仙人には叶わない。山の知識と体験は貴重で、
後世に語り継がれるべきものである。
日本人のお年寄りには習うものが多い。
私もそんな年齢になった今、仙人を
懐かしく思っている。当時七十歳であったから今ご存命であるかはわからない。
来年でも岩手の山奥の旅館に行って
湯治をしながら、また訪ねてみたい。