サバイバル

人生に何の保証無く、十八、九で単身東京の大学に行った私は、授業料と生活費の両方を何とか自分で工面するしか方法は無い。アルバイトの良いものは、東京出身の学生と裕福などこかのキリスト教会の牧師の息子達に先に取られて、割りの悪い遠方のアルバイトばかりが残り、そんなことでもするしかない大学時代ではあった。アメリカに行った後も同じで、下層の職で足りない生活費を稼ぐしか無かったのであるが、武道の教授料だけではもちろん足りない。違法なことには手をつけ無かった。武道の哲学を

心から信じたからである。日本人の誇りを捨てることは出来ない。今でも

 Survive  している状態ではあるが、

昔の自分に比べて精神は落ち着き、

あくせく働く必要も無い。リタイアしたのであたりまえであるが、アメリカから

少ない金額ではあるが、年金をもらって、氣功教授の謝礼にプラスして

大変助かっている。私の半生はサバイバルの人生であった。いつ死んでもおかしくなかったけども、持ち前の根性を発揮して歯をくいしばって生きて来た。こんな生き方に慣れて来ると普通の人間ならば諦めてしまうところでは決して諦めない。絶対絶命の場面もあたりまえで乗り越えて次の場面ではずっと状態が良くなっている。現在もサバイバルは続いている。