誤解

私が当時東京大塚で私の名を使って

自分の好き放題に道場生をアゴで使っていた神田真澄こと姜吉隆を破門して道場生を取り戻した時に、神田真澄は私が

誤解している、と言ったそうである。

呆れた奴である。全てのウソが明らかになっても、言い逃れをする。私はこんな人間は生まれて初めて見た。こんな輩は神は許さない。最悪の結末を迎えるだろう。こんな人間とはもう関わりたくはない。私を失って今はこの保身の輩は、

人生がボロボロになってシェアハウスに住んでいる。因果応報の法則を身をもって、味わうことになる。私はこの自称総師範を失って、逆に全てがうまくいって、今年は海外講習会と九州講習会が開かれるまでになっている。邪魔をする

者がいなくなれば、氣が通るようになって当然だ。これで誤解などと、また他人を落として自分を上げる邪なウソをつく。

今となっては、姜吉隆のウソを信じる人間は誰もいない。時は過ぎる。ウソはバレる。人の評価は、時の過ぎた後にされる。ウソつきはウソつきとして正しい

評価をされる。