幸せのセールスマン

病院のベッドに縛りつけられるように点滴を静脈に入れられ、カテーテル尿道に入れられて寝ているだけの毎日は臥禅と言って、仰向けに寝て瞑想をするようなものであった。これから行なうタヒチに於ける尤氏長寿養生功の宣教は私が氣と太陽光発電のセールスのビジネスではないか?と結論づけた。人間は産まれる前に家庭と親は選べない。しかし、人生を歩む上で、生きる意味と成し遂げたいことや生き甲斐を見つけることは出来る。私の場合は尤氏長寿養生功に出会い、その内容に何物も真似することの出来ない哲学的、医学的内容を包含していることを理解した。生きる意味と生き甲斐を人生の中で発見することは我々に与えられた大きな課題である。しかも、その生きる意味と生き甲斐の中身が人類に役立つ人の為になるものであれば、更に生きる意味と生き甲斐の重要性が増すだろう。そうなれば、生き甲斐は毎日の目標となり、我々の人生を豊かに生きることができるであろう。すでに何回も言っているのであるが、私は尤氏長寿養生功に出会い、その内容の素晴らしさに驚き、習得後、この尤氏長寿養生功の伝統の技を守ることとその教義の内容を伝えることには、大きくて重要な意味があることを悟った。人類の病いを癒して健康と長寿に寄与する。こんなことが私の人生の中で出来れば、私の人生には重要な意味があり、私の生き甲斐の確実性は人類の未来に貢献することになる。素晴らしい人生と言える。現在の私は、朝起きて瞑想して今日はどんなワクワクする一日になるのだろうと言う希望で一日が始まり、夜寝る前に瞑想して最高の一日であったと感謝して眠りにつく。そんな素晴らしい毎日を過ごしている。毎日が幸せになっている。こんな私を作ったものは尤氏長寿養生功である。この尤氏長寿養生功を人に伝えることは人類を幸せにすることであると思うようになった。私は氣と幸せのセールスマンである。