ワクワクすること

人生を生きるのに、我々の最大の目的と生きる理由は、幸せになることであろう。自分の存在意義は他人から自分を褒められて認められることである。幼少期に何か覚えて、両親に褒められると、自分が誇らしくもっと褒められようと努力してもっと難しいものに挑戦したくなる。それが自分の存在意義の原型となるのである。大人になって自分の人生を歩んでいると幸せと不幸せの境い目は何かと言えば、自分の心から好きと思えることに集中して生き甲斐のあるものを持つか持たないかと云うことではないか?自分が興味があって、ワクワク出来るものを職業に出来れば、さらに幸せになることができる。幼少期に何かに夢中になって時間の経つことも忘れて熱中出来た経験は誰しも持っているだろう。私の場合、子供ごころに武術武道を習いたくて習いたくて、堪らなかったが、肺結核にかかり、運動を医師から止められていて、家が貧乏で習い事など夢のまた夢の話であった。

母親がガンで死亡したせいで、医学にも興味を覚え、武術武道に医学的な内容も持つ尤氏長寿養生功に大いなる興味を持って入門したのは当然の成り行きだった。当時私は中国医学の医師の

ライセンスを取得したばかりで、東洋医学の源、基本である氣を研究したかったのである。師母が大のアメリカ人を触らずに空勁で武術的に投げる現象に興味を覚えて、一体どうなっているのだろうとワクワクしたのを今でも鮮明に覚えている。修行の三十年は余りに面白い武術氣功を師母とマンツウマンで訓練してその三十年はあっと言う間に過ぎて、今では日本で尤氏長寿養生功を教授するまでになっている。氣の治療では初めて会う患者が初回の一回で痛みや問題を消失するまでに治療効果が出るようになり、初対面の講習会参加者を勁空勁で投げられるようになっている。私が幼少期に夢見たことが実現している。他人から見れば、大したことでもない夢でも、たかが夢、されど、私の夢、である。好きなものはいつまで経っても好きなものである。夢を諦めず、少年のように夢を追いかける。そして、その夢をいつか実現する。出来れば職業ともする。私は私の夢を実現して、職業にもした。毎日が楽しく、嬉しい幸せな日々を過ごしている。これこそが、自分の人生を幸せに送る方法ではないだろうか?ワクワクすることが今では私ばかりか集まって来る道場生をも幸せにして、社会にも貢献出来ると信じられるようになっている。自分の胸にワクワクする興味を覚えることが、社会貢献出来るものに変身する。健康長寿を世界各国に届ける。使命と責任があると思えば、辛い修行も人生の逆境も何とも思わなくなってしまう。