邪魔

世にホンモノのものを紹介して、出す時には、邪魔が入ることはホンモノの証拠である。ホンモノであればあるほど、前に進む時にはますます邪魔は入る。尤氏長寿養生功を日本人に伝えるに初めから邪魔は入った。その理由は、嫉妬である。触れずして、大きな武術家やスポーツ選手が空中へと投げられることなど、信じられないことで、ある武術で、氣功や呼吸法では、道場の人間になら出来るが、初対面の人には出来るはずがない。出来る奴を出来なくさせて、凹ませてやろうとする者、道場に通って、秘密を暴いて、自分の流派に取り入れようとする者、カネを稼ぐ手段にしようとする者、教えてもらい、良い時期が来たら、辞めて、自分で教えようとする者、自分の職業に密教のパワーをもらって得をしようとする者など、などが出入りして私の心を邪魔した者は数限りなくいる。しかし、ここで本当に凹んでいては尤氏長寿養生功を弘めてはいけない。ひとりひとり排除して行くしかないが、そんな人間をも一緒に巻き込んで、みんなで、手を繋ぎ合わせて進んで行きたいというのが、私の偽りのない気持ちである。多少の邪魔はしょうがない。が、尤氏長寿養生功の秩序を乱したり、道場生の財産と将来に傷をつける行為には厳罰を処す。未だタヒチに於いてはそんな邪魔をして来る人間は一人もいない。私はタヒチアンを信じている。と同じように私は日本人も信じていたが、相当な邪魔はあった。私と同じようにテレビにでも出て、名前を売りたい、カネを儲けたいという欲望である。私はただ、尤氏長寿養生功の素晴しさを紹介し、健康長寿に役立つことを知らせて、最短の方法を考えて実行した。ドクター尤老師と師母の偉大さを知らせたかったのである。私のことなどどうでもいい、尤氏長寿養生功を訓練して幸せになった。同じように訓練してもらい、日本人に幸せになって欲しかった。それだけの理由でテレビに出演して、難しいテレビ局の要請に応えて、結果を出したのである。初めて会う元ボクサーや格闘家を触らずに、会ったその日その時に投げてくれと言われて投げることができると、次はもっと大きいアメフットの選手を触らずに投げろと簡単に言う。触らずに投げ飛ばす空勁は道場生が十年ほどしてからできるようになる修行の手段であることを説明しても、テレビの視聴率を上げる為にと言われてまたやる羽目になって、また成功する。そんな繰り返しは尤氏長寿養生功とは何の関係も無い。私が私の世界として、私が選んだ道であるから、これよりもっと、高みを目指して、向上するつもりではいるが、

難しい難題を突きつけられると挑戦したくなるのが私の性格で、これはこれで、道を極めることしか出来ないだろう。私の弟子には医療に携わる指導員がいて、健康長寿に私の教える氣を応用して特効を患者に施している。これで、尤氏長寿養生功の面目を保ってくれている。