不安な時代

日本に移り住んで四年、来年で五年になろうとしている。最近の日本全体に漂う雰囲気は決して明るいものではない。収入は増えず、家も買えない、震災や火山の噴火がいつ来るやも知れない。こんな時代には何をするべきであるか?人はさまざまだろうが、人によっては、カネを儲けようと投資をして自分の分以上のものに手を出して、大ヤケドをする者も出るだろう。日本の バブルの時代は、私は尤氏長寿養生功を死にものぐるいで、毎日立って瞑想しながら大粒の汗を流していた。もちろん私にはカネが無いので、投資など出来るはずも無く、溜まったものはカネではなく、氣であった。バブルが終わる92年から94年にかけてテレビ局から招待されて勁空勁を日本に紹介したのであった。私はバブルとは全く無縁な者であった。損も無ければ、得もない。が、身体を鍛えて勁空勁を教え、私の道場には三百人から五百人の道場生が集まって、病いを乗り越え、ケガも乗り切ることが出来た。バブルが終わった不安な時代に身体を鍛えていたことが功を奏した。不確実な時代には、一生懸命に身体を鍛えて心を練るべきである。資産を失わずになにごともなく不安な時代をやり過ごすことができる。後になって、あの時心身を鍛えておいて良かったと思う時が来る。最低限、病氣やケガをしても、 病氣で重篤になることが無く、ケガも早く治る。氣功は人生を助けてくれる。

語学習得

長生きする条件の一つとして、語学習得は医学的に有効であると証明されている。私のタヒチの友人は日本語を、私はフランス語をそれぞれ習っている。彼の日本語習得は驚くほど早い。もうすでにいろんな簡単な日本語を私に喋りかけている。私はと言えば、インターネットの扱い方が分からずにフランス語のサイトにまでに到達出来ない。習う以前の問題だ。言語の勉強は大好きなので私も習い始めたら早いはずである。あと二週間でこの友人が来日する。Merci、Monami、友よ、ありがとう。

良因良果、悪因悪果

子どもでも分かることだが、いい年をした分別のある大人がこれを分からない。だから、その大人には分別が無い と言える。仏教の教えに因果応報と言うのがある。原因があってその結果が現れる。良い結果になるのは良い原因がある。悪い結果は悪い原因のせいである、と。とても完結に人生と人間関係を表している。氣功を学ぶと良因良果になってくる。不思議なことであるが、身体に良いことを考えて実行するようになるから、良い結果が出てきて当然である。氣功道場に集まる者は意識が高く、人生を楽しむ情操が安定している人ばかりだから、そういうエネルギーの集まりだから悪い結果が出てくるはずがない。競争する相手を負かそうとする意識もないので、平和な仲間がお互いに上達するという助け合いの心で接するから争いも無い。悪因悪果になるタネが無いから悪い結果にはならない。原因の無いことには結果は出ない。良因良果になる毎日であると人生が好転して生きているのが楽しく、嬉しい、幸せな毎日となって笑いの絶えない日々の生活を送ることができる。笑いのあるところに災いは来ない。微笑みやニコニコ笑うことで、顔の筋肉が伸びてシワのない顔になって若く見られるようになる。これが氣功を学ぶ者が若く見られる理由では無かろうか?瞑想で、脳からホルモンの分泌が促されて、脳が活性化するから認知症にはかかりにくくなってくる。運動をして筋肉を増大すると糖質を分解して新陳代謝が活発になり、太りにくくなる。汗を掻くから肌がしっとりして綺麗になる。ここまで言うと良いことづくめで万能のメソッドのように聞こえるが、本当のことだから、これ以上、これ以下もない。タヒチの友人道場生がテレビ電話で私の顔を見て、若いね!秘密があるんだろ、と何回も言う。チーゴンをしているのを忘れていたようだ。彼は五十代であるが自分の方が老けて見えるのだと言う。概して、東洋人は西洋人に比べて若く見られるのだが、私は今年七十歳で完全に後期高齢者である。氣を訓練すると、特に尤氏長寿養生功を修練すると二十、三十年は若く見られるようになってくる。精神的にもジジくさい老けた考えをすることも無くなり、ポジティブになって何にでも挑戦したいと思うようになる。積極的にものごとを考えることが習慣になってくる。良い結果は人もお金も新しい仕事をも惹きつけることになる。悪い結果になる原因が無い。これは幸せになる近道であろう。、

努力はウソをつかない

努力することを嫌がって、ウソをもってその道の権威をデッチ上げる者では何も成し遂げられない。努力した者には努力した分だけ、ぴったりと報われる。当然なことである。ウソをつく努力は努力じゃ無い。真摯に努力する者は人の目には見えなくても、天と神と氣は見ているのである。見えないチカラは努力する者に味方する。氣を侮ってはいけない。氣は想像以上にパワーがある。努力する者のところに氣が集まってくる。氣と言うものは10ワットの電球を100ワットの電球に変えてくれるような働きをする。例えば、私の膝を極限まで曲げることは出来なかったのであるが、今は思い切り極限にまで曲げることができるようになっている。つい一週間前にはそこまで曲げることは不可能だった。プラスチックのイボイボの踏み台を一日三百回踏んで、血流を良くして今までの膝の動きを確認して痛みのあった膝を九十度まで思い切り曲げたら痛みとしびれが消えていた。血流が良くなったからだ。一日に三百回でこれだけ良くなったので、一日千回やったら、もっと良くなるだろう。私の努力はまだまだ足りない。イボイボの刺激が私の神経に触り、我慢出来ぬほどの感覚だが、良くなることを思えば何のこれしき!と思い、我慢する。足がポカポカと暖かくなる。さあ、今晩も千回やったら更に良くなって、何ができるようになるか楽しみである。ひょっとして走れるようになるかもしれない。

氣功のユニフォーム

剣道には面と籠手、胴などが必要で、柔道には柔道着が必要である。私には高嶺の花であって、練習するにしても手も出なかった。以前、インドネシアに行って講習会を開いた後にオレにあんたの拳法着を置いていってくれ!と言われたことがある。当時、インドネシアでは日本製の道着はあまりに高く、彼らには手が出なかった。それで私の道着を欲しがったのだ。今思えば置いてくれば良かったと思う。武術を習うには金がかかるのである。尤氏長寿養生功を習うには、ジャンプに耐えるシューズと汗を吸い取ってくれるシャツにタオルが必要である。夏は半袖、冬場は長袖である。私は特に靴にこだわった。ジャンプで足に衝撃を緩和してくれる靴の中にエアーバッグの入ったバスケットシューズを選んだ。が、二年ほどで、エアーバッグはパンクしてしまった。また買い直して新しいシューズを準備したけども、また潰れてしまった。シャツも五枚用意して手提げのバッグに入れてずぶ濡れになったシャツを新しいものと毎回交換した。ずぶ濡れになったシャツを絞るとまるで掃除の時の雑巾だ。一日に二回練習したので一日に十枚必要だった。洗濯はする暇もない。ベトナム人の洗濯屋に全部持って行くと、洗って乾燥して畳んでくれる。徹底的に訓練に集中していたのである。一度にかく汗はハンパではない。アゴから垂れ落ちて足の周りがいつも濡れていた。肌はツルツルスベスベになって、女性の肌にも負けない。私の妻が、いつも先生には負けるわ!と言っていた。我々の準備するユニフォームや道着は高くない。強いて言えば、靴くらいのものである。中国人の使っていた功夫シューズは薄っぺらでジャンプをすると足にとてつもない衝撃があって、ジャンプで筋力をつけることは難しかったろう。アメリカでは良いバスケットシューズを買えるので、脚の筋力はかなり鍛えることが出来たと思われる。私もまた、エアーバッグの入ったバスケットシューズで思い切ったジャンプをして、誰にも負けない筋力を持つことが出来たのであった。

師母の拳

ある日、師母が拳を握りしめて、私に見せつけるようにして、何かを説明しようとしていたが、私は話しの内容については注意がいかずに師母の拳に見とれていた。驚いた、何と、拳のサイズが異常に大きいのだ。私の拳も大きいのであるが、私のよりも大きく見えた。そこで私が師母に言う。師母の拳は私のより大きいですよ、と言ったら、ニヤっとしてあとは黙っていた。当時、師母は八十を超えていた。八十のおばあさんで、私の拳より大きい拳を見たことはない。何故こんなに大きい拳を作れるのだろうとずっと考えて来たが、訓練しているうちに使うところに意識意念を置けば大きくなってくるということに、氣がいつも手や拳に向けられているので氣が拳に集まり、私には感覚的に異常に大きく見えた、と理解できるようになった。氣は我々のチカラを増大させるだけでなく、見た者の目には我々のサイズが大きく見えるようになるものである。柔道や剣道で、対した相手がとても大きく見えるなどということは、氣のチカラが外に出ていることを見ているだけのことなのだ。

生きるチカラ

どんなに踏んずけられても、どんなに屈辱的な言葉を浴びせられても、我々は生きていかねばならない。そんな時に必要なものは自分の内にある少しばかりの自信と大きな生きようとする生きるチカラである。私がアメリカで単身生きている時にインフルエンザにかかってしまい四十度の熱にダウンして布団を被って寝ていたことがあり、後で、良くなって、誰かに言ったところ、死ぬところだった。そんな時はアイスを入れた水風呂に入ることだ!と言われた。当時、一人で知る人も無く、こんなところで死んでたまるか!と私の自然治癒力に頼るしか方法は無かったのだ。こんなように死んでもおかしくない状況、事態は何回か訪れたのであった。負けん気と私の持つ運命と言うか宿命と言うか、私が生まれて来た限り、成し遂げねばならないものがあるはずで、成し遂げねばならない内には死ぬことは出来ないといつも思ったものだった。生きるチカラは誰でも持っているはずで、私は日本でもゼロからの出発で、アメリカでも同じことで、日本に戻って一時道場を開いた時もゼロで、今回のタヒチ移住もゼロからの出発である。三度の人生を歩む。回数が増える度にただのゼロでは無くなった。タヒチの出発はとても贅沢で楽なスタートになっている。その理由は私が東洋医学を学び、尤氏長寿養生功を修めて、教える立場になっているからだ。生きるチカラが増した。三度目の正直となってもらいたい。尤氏長寿養生功を習ったことで私の人生は好転した。今、ユーチューブを見た世界の人から連絡があり、私と話しをしたがっている。ここからまた新たな展開が開けようとしている。生きるチカラは日本だけには止まらない。生きるチカラは氣のチカラを借りて世界を駆け巡る。