太田氣功学校学生募集

最近の太田氣功道場の世界への挑戦は思いもかけずにトントン拍子に進んでおり、日本全国制覇の夢も叶え無くてはいけない。そこで、戦術というか、太田氣功学校のカリキュラムを変える決定をしてもっと単純明解に、もっとシンプルで、強力なカリキュラムに変更してより短期間に、より健康長寿に誰でも、老人でも女性でも学習してすぐに教える内容とした。初めから尤氏長寿養生功の目的を言っているように我々の目指していることは健康長寿であり、武術や強さではない。そこで、現在、タヒチで行なっているように瞑想だけに焦点を絞って、立禅と座禅だけを行なう内容のカリキュラムに変更した。これで世界戦略と日本全国制覇を目指すこととした。教師養成期間も短くする。このシステムで出来るだけ教師の数を増やして全国に広める。

タヒチではすでに三島を制覇した。あと九十七島が残る。時間の問題である。

最初に学校学生を募集して教師を養成して支部に昇格させるべく講習会を開催してインストラクター、指導者になるカリキュラムを別途用意する。指導者になった分校は支部に昇格させる。この戦略で日本全国制覇を目指す。世界戦略はタヒチからスタートする。次にシンガポール支部をスタートして、東南アジア、インドネシア、タイ、ミャンマー、中近東を経て、インド、トルコ、エジプトに西進してヨーロッパに到達してフランスと合流する。世界戦略は世界制覇を目指す。そして日本のことになるが、太田氣功道場では一年中毎月氣功学校の学生を募集している。今までは一年かかっていた教師の養成期間は十ヶ月に短縮される。十カ月後にまた同じように学生を募集して教師を養成してもらいたい。体力のない学生、特に老人女性でも無理無く

十カ月で教師になれる。まず底辺を拡大して基礎土台を作り、段階を上げて、インストラクター、指導者を教育養成する。世界で、日本で、活躍したい者はふるって太田氣功道場に連絡してもらいたい。太田氣功学校の募集要項を受けとってもらいたい。私がタヒチに出発するまでにあと二年ある。出発前に講習会と学校で直後の指導を受けてもらいたい。みなさんの受講と学校への入学をお待ちする次第である。タヒチ移住後は一年に一度しかお会い出来ない。

一点の曇りも無いか?

尤氏意拳と称する武術団体には立ち上げる時には何の良心の呵責無く公明正大な心でこの武術を立ち上げたのかその生徒たちは宗家創始総師範と豪語する姜吉隆に聞いて見るがよい。私が推測するには、何も答えることは出来ないだろう。

カネを返さずに私に破門されて、こうなったらヤケクソで、後は野となれ山となれ、で、自分が武術団体のトップになったら、誰も文句は言えまい、自分で開いたと言えばいい訳になる。もちろん、姜吉隆に私以上のチカラがあればの話である。三十年前に習った私の初歩のワザでは無理である。あれ以来、私から習わずにはどうやって氣を増大させることが出来ようか?カネの不祥事は解決出来てない。ドクター尤からも師母からも習ってない。私に習ったのはたったの一ヵ月だ。尤氏長寿養生功をたったの一ヵ月しか習わないのに尤氏意拳と名乗ることはよほどの天才か、よっぽど傲慢でキチガイのどちらかである。武術に秀でる者は

学問にも通じている者である。大学受験に何回も落第して私が見限り、短大に行かせてやったのが関の山のオトコが新武術をたった一ヵ月習っただけで作れる訳が無いから、よっぽど傲慢でキチガイの口だろう。天才であるはずはない。一点の曇りどころか、曇りの色は真っ黒で真っ暗だ。カネの問題と武歴詐称の問題が解決していない。スタートがこんな曇った武術団体はお先真っ暗で、崩壊して解散の憂き目に合うのは目に見えている。

世の中を甘く見るんじゃない。私に会って、あまりに簡単に欲しいものが手に入って舞い上がってしまったのである。密教の瞑想をするので、欲しいものが手に入って当たり前ではあるが、手に入ったものに感謝して己れの分をわきまえて、おとなしくしていれば、今ごろは世界に派遣でもされていたのに、欲をかいてしまった。私に己れが出した牙とツノを見られた以上、もう甘い汁を吸わせない。寄らば大樹の陰と、私に寄りかかることはこの世ではもう出来ない。一人寂しく生きていくしかない。頼りない生徒たちのイヤイヤ出す寄付に頼って、老後を過ごして行かねばならない。自分で選んだ道である。人生とはウソをつかずに誠実に真面目にコツコツと自分のワザを磨いて、感謝を胸に生きる道である。一点の曇りもあってはいけない。

 

自浄能力

自浄能力の無い組織は崩壊する。私は尤氏意拳のハナクソニセ武術団体の生徒に直接会って自称宗家創始総師範の姜吉隆の行為犯行のカネの不祥事を訴えたことは何回か以前にあった。ニセモノでも構わない、役職をもらっているのでこのままやっていきます。と言うことであった。日大もそうだが、尤氏意拳の組織も自浄能力が無いようである。呆れてしまう。明らかに違法を犯しているのを知りながら、そんな人間のニセ武術団体に関わる者たちも姜吉隆と同じ考え方で、姜吉隆の片棒を担ぐ人間であると断ぜざるを得ない。ニセモノを何十年訓練しようが、ホンモノにはならない。ニセモノで良いと思う者たちは感性がそのようなもので何でも良いと言うものたちである。何に対しても、ニセモノで良い、一事が万事で、こんな自浄能力が無い者たちが集まる組織は砂上の楼閣のようなモノで、地面がチョット揺れただけで、崩壊する。こんな生徒で組織運営しているならば、未来は無い。姜吉隆に未来は無く、生徒にも未来が無い。未来の無い者たちが集まる組織に未来などあるのであろうか?指導者と生徒たち双方に自浄能力が無くて、組織の改革は無い。今、日大も尤氏意拳も危機的状況にある。下にいる者たちの正義感が無ければ、そんな組織は葬りさられるべきシロモノである。指導者の人間性と欲望と権益への執着など改められるべきことは多い。カネの不祥事を起こした時点で、すでに指導者の資格を失うことになるだろう。私の名を使って、ハンコまで借金した犯行が発覚した時点でも指導者の資格を失うだろう。ドクター尤や師母に訓練をつけてもらっても無いのに、尤氏意拳の武術団体を創設することは道義に反しているのではないか?こんな小学生でも分かる道理を姜吉隆も生徒も理解出来ていない。こんな者たちが運営する組織団体が日本の社会に存在することは危険である。生命と財産が脅かされる。自浄能力の無い組織団体は崩壊して当然で、崩壊しなければならない。

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組織団体のイメージ

日大はイメージはアメフットの事件の後に日大のイメージは地に堕ちた。組織団体の長は責任がある。どんなことにも誠実な対応が必要とされる。ウソと保身と見栄と虚偽とカネ儲けと詐称の武術団体の尤氏意拳のイメージも初めから地に堕ちている。そもそも武術と言っても日本拳法を誤魔化して内容の無い武術を中国武術、武術氣功と自称する神田真澄こと姜吉隆のイメージはウソつきで、責任を取れない、頭幼稚園児の社会のルールを守れないどうしようもないオトコというイメージが定着している。真面目に誠実にカネの不祥事を起こした時に対応していれば、こんな見っともないところまでには至らなかったはずである。今、どれだけ得意の見栄とカッコだけ張っても、つけても信用する者はいない。今、付き従っている生徒にしても、日本拳法の落ちこぼれの者たちも、欲しいモノがなければ、氣の実力が分かってしまえば、

居残る理由などは無くなって、尤氏意拳の団体を去ってしまうだろう。逆にホンモノの尤氏意拳である、尤氏長寿養生功は世界に羽ばたこうとしている。タヒチに本拠地を置いて、日本、アメリカ、東南アジア、フランス、ヨーロッパ諸国にと発展するであろう。ウソの組織団体ではこうはならない。ポシャってまた、道場を失うまで、無駄に努力をすることになる。そのあいだに尤氏長寿養生功は尤氏意拳が手に届かぬレベルになっているだろう。タヒチにはすでに百名の道場生がいる。行政が応援して、尤氏長寿養生功の瞑想をタヒチ全島に広めるであろう。私の氣がホンモノであるからだ。

ニセモノはホンモノにはならない。ホンモノになることは出来ない。尤氏意拳はもうすぐポシャって、尤氏長寿養生功は世界に飛躍する。実力の違いである。いくらホンモノを装っても、誠実で責任ある態度がなければ、人の目は誤魔化せない。人生をウソと虚偽で飾り、内面の人間性を磨かねば、人のカネに頼り、カネを生きる目的にした結果が尤氏意拳である。カネが目的では世界に羽ばたくことは出来ない。人に信頼されてウソのない、誠実な態度で人間関係を築くことがなければ、日大も尤氏意拳もポシャっていくだけのとるにたらない組織団体となる。今からでも誠実に謝罪から、ゼロからスタートしたが良かろう。

私は差別主義者か

尤氏意拳の神田真澄こと姜吉隆の犯した事件の処理の責任を果たそうとこの一年間このずる賢いオトコを糾弾して来てはいるが、今でも、何の回答と反応は無く、このオトコがカネに関する事件を犯した時もそうだが、自分の本名を使わずに私の名前を使い、隠れ蓑にして、犯罪行為を犯して使途不明のカネを懐に入れて雲隠れしている。本名を名乗らないのならば私が暴く他はない。あまりに汚ないやり方に業を煮やした私は在日朝鮮人と言う言葉で私の怒りを表している。

私の最初の結婚は中近東の女性であった。姜吉隆が在日朝鮮人であると知ったのは知り合って大分経って後のことであった。そして私は43年間アメリカに住んで中国人韓国人黒人白人の友人がいる。タヒチには多くの友人と裸の付き合いがあって、移住することを考えている。私には人種の差は関係がない。誰とでもすぐ友人になれる。言葉はすぐ覚えて他国の文化に興味がある。私自身は

リベラリストと自認している。私が姜吉隆を差別しているのはこのオトコが在日朝鮮人だからではない。在日朝鮮人も恥に思うほどに醜い人間性を私は嫌って、犯した罪を糾弾しているのである。

あるブログでは私の過激な糾弾の記事の為に追い出されてしまった。ある人には差別主義者と言われて、右翼とも言われた。しかし、私には悪いことを言っているととはこれっぽっちも思っていない。

私は正義の行動を行なっていると思っている。

このオトコが奪ったカネ全額を返金するまで、私の師匠の名をつけた武術団体を解散するまで、地獄の果てまで追いかける。タヒチに移住しても、タヒチの島からブログの更新をして、糾弾は止まない。こんなオトコが武術家で宗家創始総師範と自称することを許す訳にはいかないのだ。カネと詐称の件が解決するまで私は差別主義者と呼ばれることは何とも思わない。姜吉隆が私を訴えるならば、喜んで裁判を受けよう。このオトコの行状を訴えるには丁度良い機会である。私の差別的な表現はこのオトコの親戚も了承済みである。

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大学体育系の体質

今回のアメフットの事件に限らず、大学体育系の体質と云うものは前近代的なヤクザのヒラキーの構造で、特に武術武道の部活では四年天皇、一年奴隷といった信じられない階級制度も下級生を縛り、部活を辞める時には制裁を受ける時がある。

私も日大体育会系の人間と関わったことがある。他にも田舎の無名大学出身の武道指導者に関わったこともある。一様に暴力的で、強さのみに焦点を当てて、自分の利益権益を守ることにあくせくする者が多かった。男らしく無い。あまりにくだらない連中で、今は音信を絶っている。アメフットも監督が命令したことが明白なのに責任を選手一人に押し付けて、監督コーチは責任を回避して逃げている。スポーツマンにあらざる汚ない行為と言わざるを得ない。尤氏意拳通名神田真澄本名姜吉隆も同じくカネの不祥事を起こして返済を拒み、責任を逃れて逃げ回る汚ない体育系の体質を持って、醜い人生を歩んでいる。えてして、頭の悪い者が体育系の部長リーダーになることが多い。今回の監督とコーチの謝罪を聞くと謝罪の仕方が幼稚で、言葉の使い方も知らない無教養な者たちである。尤氏意拳の姜吉隆も不祥事を起こした後の処理の仕方がとても理性と教養があるとは思えない。幼稚園児の対応である。

。ただ逃げ回るだけではまるで幼稚園児の反応だ。もうすぐ、五十になる者の行動であるとは思えない。こんな人物が宗家創始総師範と自称する新武術とはいかなるモノか見当がつくだろう。日本の大学体育系関係者は真剣に誠実な部活を行なわければ、大学体育系のスポーツ、武術武道の部にはもう学生は集まらない。こんなことばかりしていると、いずれはスポーツ、武道の部は解散の憂き目に合うだろう。

 

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保身

大学アメフットの暴力試合の選手の涙ながらの謝罪の一方で、責任者の監督コーチの謝罪会見での保身に満ちた態度は指導者として許せぬものであった。選手が勝手に命令を誤解したと言う弁解と言い訳で、選手一人に責任を負わせる卑怯なオトコたちである。私がこの一年のあいだ糾弾している通名神田真澄本名姜吉隆は同じように指導者として恥ずかしい態度で、カネの不祥事と拳歴の詐称に対して何の責任を取らずにただ逃げ回っている。保身の指導者は退くしかない。が男らしい謝罪も無く逃げ回っているだけではたとえ辞任しただけでは済まされない。アメフット部の解散、尤氏意拳の解散が適当である。どちらの指導者たちは危険で、社会、学生や道場生に害を及ぼす。指導者の資格と実力は無い。指導者の人間性は危機的な状況下で試される。どれだけ正直に誠実に責任を持って対応するかが問題になる。カネを持ち逃げして使途不明金になったカネは全額返済して然るべきである。呆れた態度で姜吉隆は保身の言い訳をするのであろうか?

謝罪と責任ある誠意を見せなければ、

姜吉隆包囲網はもっと狭められて、日本での居場所は無くなる。早く尤氏意拳の団体を解散した方が良い。持ち逃げしたカネの全額も一日も早く返済した方が身の為である。ますます惨めになるばかりである。

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