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感情の国北朝鮮

今週のお題ゴールデンウィーク2017」まさに一色即発の体を示している北朝鮮情勢であるが、感情的にヒステリックに反応している金正恩は自国民の幸せや平和な度は、どうでも良いようである。我らが神田吉隆も今まで関わって、カネを巻き上げ、返済意思のない借金も謝罪も毎月の返済についても、私の忠告警告を無視して感情的にヒステリックに行動して何の反応も無い。反論をしていない理由は何かと言えば、反論の正当性は全くないからだ。以前、破門された時に仲の良い道場生にそれは太田先生の誤解だと言ったと言うことであった。誤解して道場を任せた人間を解任破門することはない。全て証拠を私の手元に持って国際電話をしている時も、私の名とハンコが署名捺印のある借用書を見ながら、一体、誰の名前で借金したのか?と聞いても、神田真澄の名前で借金しましたとのたまわった。真っ赤な嘘である。関わった全ての人間を欺き、己れの権威利権保持の容赦ない、恥な行動をとる。まるでもう一人の金正恩である。道場生がどういう風にしたらもっと上の段階になって、もっと上手くなって幸せになれるかなど考えた形跡は皆無である。考えていることは己れの権力とカネのことだけである。何という総師範で、尤氏意拳の創始であろうか?ドクター尤も師母はあの世で泣いている。早く理性を取り戻し、平和と幸せを国民と、周りの人間にもたらすことを期待はするが、感情とヒステリーで反応する北朝鮮と尤氏意拳は斬首作戦でしか解決が出来ないようである。

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ガキと肩書きと能書き

今週のお題「部活動」神田真澄こと神田吉隆はガキで、見てくれの肩書き、例えば、総師範、唯一の弟子、皇漢医学、日本チャンピオン、カリフォルニアキックボクシングチャンピオンなど、しかし自分の努力で成し得たものは何もない。そして、能書きだけは政治家も裸足で逃げるほどの口のうまさで滔々と板に流れるように、役者のようにペラペラと喋るから、何も事情を知らない者はつい信じてしまう。準備させて用意したら、鏡の前で練習すると言っていたので用意周到だ。それだけのエネルギーを大学受験に向けていたら人生は変わっていたろうに。ガキは肩書き、能書きが好きで内容が伴わない。ガキだから、責任を取りたくないから今だに、私の名を語ってした返済意思のない借金を逃れて、恥もなく逃げ回って、道場生にかけた迷惑行為に対しての謝罪すらない。実に呆れた武術家、オトコである。分に合わない肩書きと内容のない能書きで事情を知らない者達を手下にしたいらしい。自分が常にトップにあることが重要で、私の元道場生にしたようにセンセ、センセと呼ばれて先生ズラしたいようだ。なさけない。そんなオトコにドクター尤の名を使って欲しくない。都合が良い時は太田先生で、今では私は単なる太田氏である。そんなに大先生になったのなら、なぜ、神田意拳とか神田氏意拳と言わないのか?そこまで自信が無いらしい。皆んな神田真澄いや、神田吉隆の権威づけの道具に利用しているだけだ。この人間を知ってから二十五年、裏も表も知り尽くしている。どんな立派な肩書きも能書きも私には通用しない。そろそろ神田吉隆の周りに揉めごとの起きる時期が来ている。以前も言ったが、何か問題があった場合は相談に乗る。連絡乞う。

神はオヤジのハゲ頭である

今週のお題「部活動」私の大好きで敬愛する大本教出口王仁三郎聖師は神をどう言う風に言うかと言えば、オヤジのハゲ頭のようなものであると説明する。そのココロは、言う(結う)に言われず、説く(髪をとく)に説かれずとダジャレで神を説明している。笑わせながら、宗教を説いている。この出口王仁三郎聖師は百五十年前の方ではあるが、当時、日本全国を回って、歌碑をあちこちに北は北海道から皆は沖縄、台湾、大陸は朝鮮中国を経由してチベットを横断した。エルサレムを目指してチベットでも奇跡を起こして日本の精神の面目を施したのである。そのほか、合気道植芝盛平の精神的支柱になったり、日本の文化芸術の分野に多大の影響を与えた。日本の宗教と大東亜戦争時の軍人や皇族にも少なからず影響を与えたのである。私は出口王仁三郎聖師の短歌が好きである。私の精神を揺さぶる言葉があるからである。私が大本教の信者になったのは、この理由がある。しかし、私の道場生に大本教に入信させるつもりは毛頭無い。氣を修練する者として学ぶことが多すぎるほどにこの大本教にはある。万教は同根であると言う。万教同根と言えば、私には忘れられないことがアメリカであった。私の患者にユダヤ教の患者がたまたま、幹部の方で、いろいろ話しているうちに驚愕的な事実を聞いてしまった。ユダヤ民族の先祖を探して世界各国の人種の遺伝子を調べた結果、イランのある少数民族の遺伝子とぴったり一致したと言うのだ。肌の色だけでなく、宗教もユダヤ教イスラム教は同根であったのだ。この事実を知る者は少ない。私の患者はさまざまな縁を運んで私の師匠であった。いつの日か、本にまとめたいと思っている。

氣について

今週のお題「部活動」氣については、さまざまな流派の氣功団体がさまざまなその流派の特徴を表して、さまざまなことを言っている。私は以前日本在住の外国人を氣で触れずに、投げ飛ばした時に、氣は万物の根源であると説明したが、今では、更に私の考えは深まって氣は生きているものだけでなく、無機質の石や我々の周りの全てに氣と言うものは存在していると思っている。のみならず、氣は愛であり、神氣であって氣こそが宗教の説く神仏であると思うようになった。愛を説かない宗教は無い。氣が愛であるなら氣こそが宗教の中心にならねばならない。私が習った神道の教えでは、神は生成化育そのもので万物を生み育てるチカラであると。破壊のエネルギーは神のチカラではない。拡大発展させるものであると。氣の文字を分解すると氣の中に米がある。米は食べる米だけでなく、米は八方に広がる意味でもあるのだ。であるから、我々は氣を気とは書かずに氣と書くのである。気は氣を止める、〆る意味があるので、気の文字を書かないのである。人の一生は、みんな拡大発展と向上を目指す。決して、止めよう、〆ようとは思わないはずだ。なので、気は不吉で、使うには不適切な文字である。いまどき、気を氣と書く者はいないだろうが、氣と書く事で自己の運氣も変わって来るものと思われる。新当用漢字が全て適切と思ってはいけない。個々の考え方を自分で大事にして人生を雄々しく生きなければならない。人が、文部省が何を言おうと、自主独立の気概を持って自分の運氣を切り開いていくのである。そうして行けば、自然と、自分の氣は増大して、さまざまな分野でその氣使い、自己の能力を開花させることが出来るのである。人間の能力は普段眠っている。氣が経絡を通り始めると眠っている細胞が細胞レベルで活性化して眠りから覚めて、遂に、自己の能力に気づいて、動き始める。自分の人生を諦めかけている者も、この氣功による未開発能力覚醒に気づくと自分の努力を惜しまなくなり、残る人生の中で、再度挑戦したくなるのである。未だにあなたの人生は終わってはいない。死ぬ迄に、もう一度花を咲かせることは出来る。諦めない事である。

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国際基督教大学及び早稲田大学での氣功クラブ設立について

太田氣功道場では私太田光信の母校国際基督教大学で氣功クラブの設立を考えておりましたが、私が現在身体障害者2級である事を鑑み、私の家から遠隔地にある為、近くの早稲田大学に設立したいと変更致しました。早稲田大学の関係者及び学生の方でご興味のある方は太田氣功道場の事務局にご連絡下さい。今は日本でも知られるようになった、神拳の尤と言われた中国でも、世界的にも有名な勁空勁を特化して教える氣功です。スポーツや武道、武術を底上げして技術を劇的にアップするメソッドです。瞑想が訓練の主体である為、スポーツ選手及び、武道武術を志す選手には必須のトレーニングの方法です。設立前に早稲田大学でデモンストレーションをしたいと思います。設立前に大学の施設使用許可やビラ配りを手伝っていただく方が必要です。このブログをお読みの関係者はぜひ、ご連絡下さい。お願い致します。

尤氏意拳の新ホームページ

尤氏意拳のホームページができ上がったと言うので、チョットでもましなことでも書いてあるかと見てみたが以前と変わらない、内容で、神田吉隆の站椿功、立禅の写真があった。ツルのような細い脚で立っていたが我々の站椿とは全く違い、似て非なるものである。座禅の写真もあり、大本教の聖地で撮ったと思われる写真であった。いつもの体裁、見てくれだけの、カッコだけのものである。我々の站椿功を太田氣功道場のホームページに掲載するので比較していただきたい。我々の站椿はずっと低く、練習では他の一般道場生もいるので二十分ほどであるが指導員は家で一時間立つのである。両方比較してみれば一目瞭然である。あんな腰高でただ立っているだけでは氣の養成はおぼつかない。いつもそうだが笑うばかりだ。新規の新人道場生は苦笑いでバカにしている。我々の訓練がキツくて站椿もずっと低く立たせられているのを知っているからだ。ドクター尤の站椿は師母に受け継がれて、私は三十年の苛酷な訓練の後、私が日本に持ち帰った。そのエッセンスは神田吉隆には伝わってはいない。今私が主宰する太田氣功道場に伝えているのである。どんなに見栄を張っても、どんなに外見だけ取り繕っても、我々に追いつくことすら出来ない。習ってもいないものを教えることは出来ない。特に尤氏長寿養生功の站椿は特殊で形だけ真似ても、站椿で立つ時に師母が手の形や腰の曲げ方などの口伝があってマンツウマンの訓練があってその練習で無ければ正しい形と中身は習えるものではない。もし本当に尤氏意拳というものがあるとするならば、こんな腰高のツルが立っているような站椿はしない。見る者が見れば、蔑まれ、バカにされるだけだ。集まった生徒が可哀想なだけである。最近の世間を騒がす事件、犯罪は昔も今も変わらずに、カネと偽がホンモノを装う詐欺まがいの事ばかりである。恥も節操もありはしない。スグにホンモノの站椿の写真を掲載する。神田吉隆と生徒達はそれでも見て研究するが良い。

有料勁空勁の動画閲覧

我々太田氣功道場では、最近の私太田光信の勁空勁のほとんど十割の確率に到達した最新で強く重くなった氣による、毎月の講習会に於ける勁空勁の動画を有料で閲覧出来るようになりました。尤氏意拳で公開するに自信無く、許可を得て閲覧出来ることとしていると聞いています。今まで一般に公開していた動画を有料にして太田氣功道場のクリアーで健全な道場経営に集まった浄財を使わさせていただきます。神田吉隆のように寄付と称して自己の贅沢に使うことはありません。太田氣功道場の発展と道場生の健康増進、氣の増大の為に使わさせていただきます。以前のテレビ出演の際にお見せした勁空勁の技より強く、進化した勁空勁をご覧になれます。この世とは思えないほどの勁空勁を氣功初心者にかけています。長年修練している道場生は信じられないほどの敏感な氣の交流になっています。単発一回、三ヵ月、六ヵ月、一年の閲覧に分けています。目に見えない氣、エネルギーに興味のある方、自分の人生を向上させたい方、一般のあい変わらずの武術武道に飽きたら無く思っている方などにとって貴重な情報、資料となる私の自信を持って閲覧することをおすすめ致します。