オナラとゲップ

人によっては、不謹慎な!と言われてしまうかも知れないが、尤氏長寿養生功にとっては、とても大事な身体のクレンジングである。私がサンフランシスコの道場で最初に練習した時は男女を問わず、ゲーゲー、ブーブー、といつでも何処でも無礼講であった。私も右へ習え、でドンドン所かまわずやっていた。そのうちにその効果が表れて、肌はツルツル、スベスベになって、まるで、赤ン坊のような肌となり、顔は十歳も二十歳も若く見えるようになっていた。師母の五十歳の時の写真を見たことがあるが、まるで二十歳の容姿であった。このように立禅と座禅、意拳の基礎訓練は我々を若く蘇らせて、健康にしてくれる。訓練中はオナラとゲップでうるさいのだが、ある程度クレンジングが進むとオナラは臭いの少ないものとなり、オナラとゲップをしないと老廃物が身体に溜まるようで気持ちが悪い。私がピークで訓練していた時はいつでもオナラとゲップは自由自在に出来ていたようである。恥ずかしいとも思わなくなった。むしろ、積極的に意識して出していたのであった。何年か経ってタヒチに旅行した時に出会った日本人に私が短パンを履いていた姿を見て、「太田さんはウエイトトレーニングをしているでしょう、」と言われて、こちらが驚いたのを覚えている。その当時は震脚ジャンプを筋力トレーニングと思うほどの冷静に客観視をして訓練を考える暇も余裕もない位に練習に打ち込んでいたのである。タヒチに於いて、私がこの氣功の開眼をしたことは以前述べたと思う。人をタヒチの地で投げられるようになった私はサンフランシスコに戻り、師母の一挙手一投足の動きに全て意味があり、その目的が全て理解出来るようになっていた。オナラとゲップをする意味と目的もこれ以降理解して今現在、新規道場生にはその目的と意味を最初から話して、オナラとゲップは決して恥ずかしいことではなく、身体を浄化する手段であることを説明している。

s 復活と再生

私の左脚の手術後の回復は化膿してしまったりして、化膿が収まるまでかなりの時間の経過が必要であったが、この冬の寒さが厳しく、身体が冷えて、脚は痛みと痺れがあり、うまく歩くことが出来ない。どうしたら痛みと痺れを解消出来るかと思い、自分でも毎日リハビリを行ない、膝を大分深く曲げることが出来るようになっているのではあるが、痛みと痺れはなかなか取れない。これでは杖無しでは歩くことなど出来る訳は無い。タヒチの年間平均温度は二十七度位で、身体の血流には最適で、リハビリには最高の土地で、私はタヒチの小島で毎日リハビリを敢行してタヒチで肉体的、精神的、そして経済的にも再生と復活を遂げたいと考えている。精神的にも日本帰国以来、大きな手術を三回経験した。老後に大きな手術は肉体的、精神的にもかなりの負担がかかる。それでも、日本の帰国以前よりも元気になっているのは、尤氏長寿養生功を三十年も行なったので、救われた想いがある。私の訓練瞑想は何処へ行っても同じことを繰り返すので、アメリカ日本タヒチと所が変わっても身に付いた修練のルーtぃーンは変わらない。暖かいタヒチでは血流がますます良くなり、海で泳ぐことが日常的になって、リハビリは効果が増すだろう。ストレッチと筋力トレーニングで手足に刺激を与える。ヨガと海での ボードパドリングにも挑戦する予定である。私はタヒチで復活再生する。

氣功への愛

イチローは引退の時に野球人生の中で貫いたことは?の質問に答えて野球への愛、と答えた。これは自分の人生に後悔が無いことに誇りを持って示している。私をイチローと比較するつもりはさらさらないが、私は尤氏長寿養生功を引退してはいないのであるが、私もこの氣功に関しては愛している、と断言出来る。だからこそ、ウソをついて、訓練もそこそこに、自分を師範と呼んでカネと自己顕示欲の為に道場を開く者を許せない。もし、このニセ師範たちが尤氏長寿養生功を愛していたら、充分な修練をせずに自分のニセ道場を開く恥な行為は出来ないだろう。氣功を愛したのでは無く、氣功のワザと瞑想を教えて得るカネと自己顕示欲を満足させる自分を愛したのであった。偽りの愛である。ドクター尤老師と師母は、私がサンフランシスコでの訓練で感じた感覚では、ドクター尤老師と師母は夫婦で創始した尤氏長寿養生功を深く愛して、誇りを持っておられた。お二人は最後の最後まで、道場生に訓練を授けられていた。私も師母の側に寄り添うように訓練を受けていた。どこの誰が百歳をとっくに超えて、弟子に武術の訓練を授ける師匠がいるだろうか?師母との想い出は私が忘れられない宝物である。そして三十年の長きに渡る訓練の賜物の基礎とワザは私に確実に受け継がれて、私の日本の道場生に伝えられている。また、タヒチにも来年から伝えられる予定になっている。タヒチに伝えられた後にはヨーロッパ、オセアニアのオーストラリア、ニューカレドニアニュージーランドへと尤氏長寿養生功は進出する。愛は邪悪なエネルギーに打ち勝ち、氣を強め、気迫を増してくれる。愛は氣と共に我々の身体の中にある核とも言える唯一無二の存在である。人生を生き抜く原動力となるものである。

全身的

ドクター尤老師の唯一のビデオを私が所有している。その中では、道場生に何遍も「全身的、」「全身的!」と言っている。ドクター尤が自分に向かって突進する時には身体から全ての氣を全身から出して来い、と言っている。これが尤氏長寿養生功の訓練の特徴とも言えるものである。全身全霊のチカラ、氣を振り絞って、ドクター尤老師と師母に向かって行くと身体から氣が良く出るようになって、その出ている氣の長さが長くなり、遠くに居てもコントロールされるようになる。だから、師父、師母と長年訓練すればするほど、我々の氣が養われ、強く、長く出るようになるのである。師と弟子の関係はそういうことであって、尤氏長寿養生功の唯一無二の訓練法である。私はそのことが分かってからは、上達のスピードと理解の深度が増したのであった。今では、同じように教授して、私の道場生の上達はとてつもなく早くなっている。一、ニ年ほどで指導員のクラスに入れることになっている。サンフランシスコの道場ではあり得ないことである。師母の教え方は昔からの踏襲を忠実に守り、道場内の秩序をそうして保っていたように思われる。今の私はタヒチに移住前に出来るだけ早く道場生に私の持つ情報を伝えたいとの想いが強く、私が師母から得た体験を道場生にも体験してもらいたく、結果として私の道場生の上達が早まっていると思う。彼らの早い上達は私の喜びにもなっている。私がタヒチと日本をテレビ電話で結び、私が氣を送り、テレビ電話を媒体にして道場生を勁空勁で投げてコントロールする練習を週に一度の割合で訓練を授ける予定である。他の武術や氣功ではあり得ないことではあるが、唯一尤氏長寿養生功にのみ可能な訓練となる。スマホの画面に向かって全力疾走して来た者が投げられることを傍目で見る者には信じられないことである。が、それは現実のものとなっている。タヒチの訓練の時間と日本の訓練の時間を調整して合わせれば、タヒチと日本で同時に訓練も出来る。信じられないことが現実になる。痛快な夢のような話しである。また、ワクワクするようなことが起きようとしている。尤氏長寿養生功の可能性は無限に広がる。

引退

あのイチローが引退を表明した。スポーツ選手は 歳をとれば、いづれ引退する。尤氏長寿養生功には引退はない。氣をとことんまで追及すれば、死の前日まで訓練する。そして氣の世界では死の前日が一番強くなるのである。現在の私はいつも言うように私は国も認める立派な身体障害者である。しかし、椅子に座って、道場生に訓練を授け、元気な道場生を勁空勁で投げ飛ばしている。私の師欧陽敏師母が百歳を過ぎて、若い者を投げ飛ばしていたように引退は師母には無かった。私が最初にお会いした時には八十を超えていた。だから、私が過酷な訓練をしていたのは師母の最晩年であった。それでも、師母はお元気で、目は白内障を患ってはいたが、目は光り輝き、睨みつけられると私は見つめ返すことが出来なかった。もちろん肉体は歳をとれば、弱まるのが当然だが、氣は瞑想の時間数は溜まるばかりで、衰えることはない。氣は精神を鼓舞して、肉体にも好影響を与えるのである。肉体的には引退かも知れないが、氣には引退はない。老いてますます氣が充実する。私には師母の姿が目に焼き付いている。師母はドクター尤老師の寿命を抜き、百歳を超えて寿命を全うした。私の目標は師母の寿命を超えて同じく百歳を超えて若い道場生を勁空勁で投げ飛ばすことである。早く百歳になりたいと思っている。

知己を得る

生きている間にちょっとした訳で知りあった者の人柄を好きになって知己を得て、百年の友と為す。こんなことはたまに起きることがある。私はそんな友を大事にしたい。情と情が結びつき、ずっと前から、何年も前から知っている感覚になり、生涯の友となる。せち辛いこの現代に於いてはなかなか起きることのない無理な話しではあろうが、実際にこの現代に起きている。私が教える道場生が私の同士でもあり、知己を得て、少なくとも私には彼らは私の生涯の友となっている。そして、タヒチに於いても、ひょんなことから知りあった者が道場生になって、知己を得ている。タヒチでも同じように生涯の友が出来ている。道場生であって、友であり、また、私の師匠でもあるのだ。何処へ行っても知己を得る。尤氏長寿養生功の輪が拡がるにつれて、そんな友人の数は増えていく。と同時に私は幸せに、もっと幸せになっていっているのである。カネ、モノ、自己顕示欲はすぐ消え去る運命にあるが、生涯の友は永遠で、カネモノ自己顕示欲に勝るものである。そして我々を幸せにしてくれる。

日本人の活躍

オリンピックを前に日本人スポーツ選手の活躍がめざましい。日本人の身体が食の西洋化によって、大型化しているのに加えて、経済的に西洋に負けないGNPをマークするようになって、施設の充実、海外遠征、有力コーチの招聘などの努力が実った結果であると思うが、忘れてならないもう一つの理由がある。日本人の勤勉性に日本人の関わりのあることを成し遂げようとする向上心がある。そしてストイックな精神構造が理由に違いないと私は思う。古来、日本には道と言う言葉でそのストイシズムを遺憾なく発揮する哲学があった。日本人であれば、誰でも持っている性癖と考え方である。そこそこで良い、などの妥協はない。どうせならば、世界一を目指す。それが日本人の考え方である。海外に長い間住んでいた私は海外の人間と日本人の特徴が気になる。日本人は日本人である限り、同じ特性を発揮する。日本人の活躍をオリンピックで見届けた後に私もタヒチで日本人の特性を発揮して、私だけが出来る活躍を見せたいと思っている。