人生哲学其の二

私が修行開始の時に感じたことは今考えるとそれは、私の直感であった。実はこれが非常に大事である。誰かを好きになるのに論理や方程式が必要だろうか?

最初の印象と直感で決まる。氣功は氣の鍛練であるので直感で始まり、直感で終わる。直感が全てである。その直感や内在する感覚を瞑想で育て上げるのである。この氣功を私が教えた者は直感でこの氣功が好きだと思ったのではないと思われる。私が出会った当時は私の道場に集まる道場生は五百人ほどであったので、それを見て、これは儲かる、と思ったに違いない。だから、訓練をせずに早く触らずに投げるワザを身につけたかったのである。師母に引き合わせた時も練習そのものより本人と師母のツウショットが欲しかっただけのことである。日本人にはばれることなどはないとタカを括っていたのだ。そういう一連の行為がこの氣功を好きでない、愛してはいない証拠である。本当に好きであれば、ブッ倒れるまでジャンプをして、師母の氣をトコトン味わう筈である。直感も内面の感覚もヘッタクレもある訳はない。計算と打算と損得勘定が先走る人間なのだ。こんな者にはこの氣功の面白味など理解出来ることはない。恋をして計算と打算と損得勘定で好きになったり、愛したりするだろうか?よほどのキツネでなければ、そんなことなどは出来ない。本当に好きなことをし続けているならば、いづれは、損得勘定に関係無く、テレビに取り上げられて金銭も手に入れられる。好きになれ、トコトン愛せよ、それは幸せな人生を歩む条件である。一時は、反対する者が現われる。好きなことをしている者は逆境を乗り越えることなどは簡単だ。余計な計算ずくをするので右往左往する。シンプルに単純に、柔道なら一つのワザを必殺技にして、例えば、体落としだけにする。あるいは、剣道なら、突き技一本に絞るなどである。そして直感を大事にするのである。

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