筋を通す

日本では、昔のサムライは筋を通すことが、サムライとしての倫理道徳の基本であった。現代においてはどうだろうか。筋の通らないことを正すことは現代では時代遅れなのだろうか?武術家はどうであろう。武術家であればなおさら筋を通すのが常識以前の行動規範ではないか?

武術家に昔も今も違うはずはない。現代において、武術家はサムライである。ましてや、自称して武術家を名乗る者は昔も今も筋は通すべきである。現代はそんな筋などという話はないと言うのであろうか?自称尤氏意拳宗家創始総師範と名乗る輩は今だに筋を通していない。昔ならば、切腹モノである。切腹する必要性はないから謝罪もなく、逃げ回っているのだろうか。筋を通せないならば、何故、武術団体の宗家創始総師範とたいそうに名乗るのか?グローブつけてポイント制で何人かに勝ってチャンピオンになったからか?筋を通せないチャンピオンはチャンピオンにはならないのではないか。まったく、身体だけは大きいが頭脳は小さく、知能は幼稚園児である。こんなアホな者が教える武術とはどんなに優れた、何を目標に教えるのだろう。何が内容なのだろう。また、幼稚園児が教える武術団体に集まる生徒は、何を習いたいのだろう。もし、胴とグローブつけての格闘技というならば、何故日本拳法の道場に行かないのであろうか?良くわからない。日本拳法をするのか。尤氏長寿養生功をするのか?筋が通らない。何処かにごまかしがないか?尤氏意拳というならば、それは勁空勁の世界である。勁と空勁しかない。胴とグローブをつけない。筋を通していないのは宗家創始総師範ばかりでなく、そこに集まっている生徒も筋を通していない。筋を通さぬ幼稚園児同士が集まって、武術ゴッコをしているのか。少なくとも、武術家とか、現代のサムライと思うのであれば、筋を通せ。身と心を正せ。

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