ゾーンについて

スポーツにおいて、ある瞬間、頭が何も考えずにまるで自分で今まで体験したことのないようなパフォーマンスが勝手に身体が動いて出来るような変性意識状態をゾーンと読んでいる。スポーツ心理学でかなり研究されている。このゾーンは別にスポーツに限ったものではない。あらゆる分野にゾーンはある。集中するときは人間は緊張するものであるが、ゾーンに入るとリラックスしていても最高のパフォーマンスを達成するものである。尤氏長寿養生では、このゾーンをいつでも体験出来るように練習するものである。ゾーンを体験するにはリラックスしなければならない。緊張すると筋肉は硬直する。硬直した筋肉はスピードが遅くなるし、自分の持つ力を発揮できない。我々尤氏長寿養生功で行うジャンプはリラックスしないと良いジャンプは出来ない。私が道場生を投げる時は私は力を使わない。指や手に力が入ると上手くいかない。リラックスして力を出来るだけ抜くのである。静のエネルギーでそのエネルギーを相手に伝えるのである。言うはやさしいがやってみると上手くいかない。これを可能にするには深い瞑想が必要である。瞑想によってリラックスすることを学ぶのである。このあいだ書いた動と静のエネルギーを使い分けてどの時に力を抜いて、どの時に力をを入れるのか教わるのである。現在の太田氣功道場ではこのゾーンにいつでも体験出来るように毎回の修練で練習を通して瞑想とジャンプと站椿でリラックスと緊張を学びいざという時に使えるよう、備えるのだ。いわゆる達人、名人の域の意識状態と変性意識状態を経験するものである。

命乞いと虚勢の北朝鮮

あの唾棄すべき金正恩北朝鮮は今まで好戦的で挑戦的な言動で虚勢を張っていたが、あまりアメリカを刺激するとホントに斬首作戦を実行されるとあって命のモノだねと急に大人しくなって、対話路線に変更している。他の独裁者が哀れな最期を遂げているので、同じ運命かと口内炎を出しながらトンネルの中でも右往左往しているやも知れない。もう一人の金正恩、尤氏意拳の神田真こと本名姜吉隆は尤氏意拳でニセと虚偽で固めた虚勢を張っている。同じ口内炎が出ているやも知れぬ。両者気が小さいくせに、虚勢を張って体制保持に懸命だ。国民を飢えさせて平気でいられる金正恩、道場生を騙してカネを奪った神田真澄こと神田真澄こと本名姜吉隆も平気で、責任と義務を放棄している。両者共に見下げ果てた唾棄すべき人間である。

動のエネルギーと静のエネルギー

我々尤氏長寿養生功の修練には大きく分けて、二つのことがある。そのひとつが動のエネルギーで、もう一つが静のエネルギーである。動はすなわち、ジャンプと站椿である。静は站椿と座禅である。電気を作る場合、水力発電では水の落差電気の量が決まるように身体の氣エネルギーを大きくする為には動と静の落差を大きくすることである。動について説明しよう。站椿は低く立つことである。膝を十分に曲げて、床につきそうなくらいにして、ジッと立つ。汗が滝のようにかく。ジャンプは床に足の裏を叩きつけて飛べなくなるまで延々と続けるのである。そして、静のエネルギーである站椿は、低く立って、筋肉が少々痛くなっても立ち続け、心の動揺を静めてひたすら立つ。呼吸に集中して静かに立つ。脚は震える、ゲップとオナラは出る。が気にしない。静寂を保つ。座禅は站椿に比べて汗はかかない。気持ちの安らぐ時である。また呼吸に集中する。站椿と座禅を長く続けると、突然特殊なモーメントが来る。神秘体験をする。これを体験するとあとは上達が早くなる。動のエネルギーと静のエネルギーの極端なその差が大きければ大きければ、氣のエネルギーは大きくなる。ジャンプは飛べなくなるまで、座禅はこれ以上静かにできないと言うところまで、ひたすら繰り返すのである。今現在の太田氣功道場では動と静の訓練は、私が当時師母から受けた訓練と変わらぬものに、新しく私が開発した技を加味して最大最強最重の氣を修練しているのである。入門は随時受け付けている。興味のある方は事務局まで、

神田真澄は偽名である。

ニセと虚偽の尤氏意拳と名乗る団体の創始総師範は神田真澄と名乗っているが、偽名である。今だに本名を名乗っていない。そんなバカな話があるであろうか?本名を名乗らない武術家などいるものか。俳優業やタレントではない。全てウソと虚偽だから名前も虚偽で良いか?

バカバカしくて話にならない。何を信じれば良いのか?尤氏意拳の生徒は何を根拠に尤氏意拳を習っているのだろうか?ここまで私に糾弾されて、今だに本名は名乗っていない。ドクター尤老師の名を語るなら、本人も本名を名乗るべきである。最低の礼儀であろう!正々堂々と渡りあえ!これだけの人数の関係者に迷惑をかけて、怒らせて今だに本名は名乗らない。どのような人間がそんなコトをするのか。謝罪はない、公開質問状に答えない、借金は返済しない、何もしない。ただ鳥取に逃げたままだ。神田真澄の本名は神田吉隆である。他人が告発しなければ、また、虚偽のストーリーは続いていたのであるが、私だけが唯一の生き証人で二十五年間の顚末を知っているものである。あまりのひどい行為に義憤を感じて、遅ればせながら、こうして事実を述べているものである。誠実に神田吉隆に対応した者、特に道場生を不幸にして、知らんふりして、のうのうとして酒と飯を食らっている。これに怒らない者がいるであろうか?常識や道義心は皆無だ。こんなことで武術家を名乗れるか?

有料講習会動画

太田氣功道場では、最近の私の最大最強最重の氣を使い、道場生と講習会参加者との氣の交流である勁空勁を有料で公開しています。勁によって、道場生が宙を飛び、壁に当たり、転がして、軽い物を持っても苦しいほどに重さを感じて最後には人が重なりあって動きをコントロールされています。以前のテレビ番組でご覧になった技より一段と進化したものがご覧になれます。有料でも見るに耐える、価値のある動画になっています。ご興味のある方は事務局までパスワードを有料でお聞き下さい。

大義と哲学

 

宝寿会尤氏長寿養生功、太田氣功道場の大義哲学は日本人全員がこれからの時代、百歳を超えて生き抜く、強い精神と肉体を修練と瞑想によって培い、日本人全体の健康長寿を通して日本の国力を増すという、新しい愛国と東洋、日本文化への愛の運動となる努力をするものなのです。さらに、真の理想の武術を通して、現代において、サムライの心を取り戻す、良い意味での復古運動なのです。しかし、戦前の軍や国策に利用されるような武術ではない。健全な肉体と日本独特のサムライの心を養成する手段である。一部の人間や資本家や軍に利用されるようなシステムを我々の瞑想で培った賢明な目でもって、監視して、我々が利用されない理想の新武術団体を作らねばならない。武術団体のトップやその家族が権威権力を持って、武術に憧れて集まる道場生を暗黙の強制で縛り付けて奴隷のように扱う。そんな不条理な関係を見直し、排除する、智慧と理性と人間性を持って、道場生主体の、道場生ファーストの武術団体にする。日本人全体、日本人全員に益して利する理想の新しい武術団体にする。深い瞑想による理性と人間性、脳の変革で、これまであった武術文化を改造改革する。そんな新しい気運ととx気概を持ちたいと考える。トップに座する武術団体の始祖、武術家は、自称十段、最高位とされている。私の五十年に及ぶ、私の経験では、そんな者はいない。トップだろうが、最高位だろうが、一人の武の完成を目指す一人の武術家、一人のサムライである。死ぬまで修行するのが武術家の本懐である。それなのに、修行が終わったとして、宗家創始総師範と名乗る自称武術家の多いのが現実である。我々はそんな武術家や団体になることを拒否するものである。死ぬまで修行は終わらない。まして、百まで生きようとすれば、当然のことである。月謝が楽に集まることを奇貨として商売するニセ武術家もいる。そんな武術家は武術をする資格すらない。我々の目的はただひとつ。健康長寿である。武術の基礎訓練を行うことで健康で長寿になることを思えば、毎日、細く長く、長い年月の間訓練するしかない。権威権力を持つことには興味はない。朝晩の瞑想と練習日の氣の交流で、また飛躍的に氣のレベルをアップさせる。この繰り返しである。この果てしない修行が身体を強健にして、精神を浄化し、さらなる自己の変革をもたらすのである。このことを日課として、日常として、行うことが、真の理想の武術なのである。突きや蹴りを繰り返すことが、真の武術修行ではない。東洋の筋肉の鍛え方は、ダンベルやバーベルを使うトレーニングではない。自分の体重をバーベルの代用にして、繰り返し毎日行い、氣を養うことである。氣の体は奇蹟的な働きをする。ケガをしてもトカゲの尻尾のような再生能力が生まれ、病気で ICU  に入っても、生きて生還する。これは私の経験によって、確かめている。氣を訓練すると不死身になって病気もしなければ、死にもしないと考えるのは、バカで浅はかな考えである。私の師欧陽敏師母は百を超えて亡くなったが、氣の師匠が病気もしなければ、死にもしないと期待するのは愚かだ。アホな自称武術家の常な事であるので、もう癪にもならない。この現代の理想の武術、武術家像とサムライ像を頭に描き、理想の武術団体を一緒に作ろうではないか。

金銭欲と北朝鮮と尤氏意拳

ある国の銀行からハッキングでカネを盗み取る北朝鮮、言葉巧みにカネを道場生から供出させて、返済意思のない借金して逃げ回る尤氏意拳、日常茶飯事のことであるが、国家も個人も変わりなく、カネが欲しくて、我々が呆れる行為を犯してのうのうと北朝鮮のブタ(中国でそう言われている)と尤氏意拳の、、、、は

日本で何と言われているのであろうか?

どちらも、カネが欲しくて、欲しくて、

たまらない。どちらも高級車に乗りたがる。どちらも酒や食事が大好きだ。金正恩は国民を顧みない。神田真澄こと神田吉隆も道場生のことなど顧みなかった。自分の権力体制にしがみつく。実姉を利用して、いとこも利用する。叔父や叔母を怒らせ、師匠の私の地位を乗っとってその地位に居座ろうと画策する。北朝鮮のニュースを見る度に尤氏意拳の神田吉隆を思い出す。なんでここまでソックリなんだと、いつも思うのである。片や実兄を殺し、国民を欺いて、カネを国家ぐるみで奪う。世の中の犯罪は大抵、カネがみである。私が関わった同輩武術武道家もカネで問題を起こした。ナゼ、カネが欲しくて、武術武道に関わるのであろう?そんなにカネが欲しくば、普通に働いたら、カネに困ることはないのではないか?金銭欲ばかりか、権力欲もあるからだろう。中身がブタなので外見もブタになる。尤氏意拳の神田真澄こと神田吉隆がブタになるのはいつであろうか?