人生の恩人

命の恩人と云う言葉がある。恩人と

言えば、師母は、尤氏長寿養生功

私の人生の恩人であった。師母と出会う前には、私は幸せでは無かった。

血の滲むような修練を三十年ほど続けて

今、私は幸せになった。その差は歴然としている。長寿養生功の伝統の技を

継承して日本で今尤氏長寿養生功の教授をしている。氣功修練の前には少林寺拳法を辞めて日本の武道に失望して、

その運営に疑問を持ち、反面教師の実例を身近に見た私はそれまで経験した日本の武道以上の武術を求めていたのである。最良最高の師を求めていたのである。無私の心の願いは叶えられて、

尤氏長寿養生功に師母についに出会ったのである。その武術的レベルは日本武道の上を行き、少なくとも少林寺拳法が及ばぬ内容と瞑想の質は彼らがどんなに頑張っても、追いつくことは出来ない。

まさに尤氏長寿養生功は私の人生の恩人である。継承の栄誉と引き換えに私は左脚を献上した。何かを得るには何かを

手放さないといけない。身体障害者とはなったが、死に至るような病気も乗り越えて今では杖を手放せないが、奇跡的に左脚が回復の兆しを見せている。

尤氏長寿養生功をしていなければ、私は今生きてはいない。誇りを取り戻し、

幸せになった。

尤氏長寿養生功は私の命の恩人であると同時に私の人生の恩人でもある。