孤独

今、入院した病院の個室にいてこの真夜中に起きて瞑想をしようとしてこれを書いている。真っ暗な中で、瞑想を一人行なうのは孤独に感じるかもしれない。しかし、まんざら悪いことでもない。たくさんの人の群れにいる時は対応に追われて孤独を感じずに時間に追いかけられるようなせかせかした時間であるが、真夜中一人、黙々と瞑想するは、自己による時間の支配者になって自分の自由になる唯一の王になれる時である。昨日起こった出来事の反省など考えの整理が出来て頭がスーツとスッキリして来る。心地良い時間が流れる。身体はポカポカと暖かく、頭の中ではスーツと風が吹いて気持ちが良い。孤独感は無い。周りの空気や身体の中で巡る氣の流れを感じて、氣と空気が自分の味方で友人となる。孤独ではない。このまま朝まで、ジッと動かずに氣と空気を心地良く感じながら、時間を支配する。時間と自己の立場が逆転する。普段は時間が自己を支配して、時間に追われる身ではあるが、今は私が時間を支配する。西洋人は古来、自然を支配しようとして科学を発展させて来たが、東洋人は時間を支配しようとして瞑想を極めて来たのかもしれない。身体の外に向かう方向性と内に向かうベクトルの先にはかなりの差が出来るであろう。西洋の賢人も最終的には瞑想かそれに準ずるものを自分に課して心と身体のバランスを保って来た。東洋人は直接的に瞑想を生活に取り入れて宗教や武術を発展させて来た。東洋の文化芸術の王道を行くと思えば、孤独など感じている暇などない。明日はやるべきことが幾らでもある。さあ、味方友人に会いに行こう。