自信

私は自信にはふた通りあると思っている。ホンモノの自信とニセモノの自信である。自信とは日々の鍛錬と練習によって培われたもので、武術家やスポーツ選手が誰にも負けないほどに修練した、という誇りなのだ。そしてそれは四六時中二十四時間、自分の言動に表れる。一旦、自分自身が出来上がれば、この自信は揺るがない。私が目を閉じれば、ドクター尤と師母が目の前に現れて、師母との修行の日々を思い出す。ニセの自信には修行の日々が無いので誇りが無い。誇りの無い者には自信は訪れない。ニセの自信家は目を閉じると何を思い出すのだろうか?罪悪感と誇りの無いニセの自信、過信が、その穴を埋める為につくウソと虚偽がホンモノとニセモノとのギャップをますます広げてしまう。ホンモノの自信はウソと虚偽では作れない。ホンモノの自信とは自分を信じ、ウソと虚偽の無い鍛練修行を終えた者だけに与えられる誇りある自信なのだ。