何故目を見るか?

昨日、本年度最後の講習会である十二月講習会が開催された。参加者はとても少ない寂しい講習会になると思っていたが、直前に事務局の女性陣、横浜から、広島、熊本からの遠方より参加者があったので結構賑やかな講習会となった。講習会の度に、私の目を見て私に向かって走って来い!と言うのではあるが、何故に私の目を見るか?と言えば、理由がある。それは、私との氣を切って欲しくないからである。勁空勁は私の氣と相手の氣がつながっていなければ成立しないものであるからなのだ。私の太田氣功道場の道場生にとっては、当たり前のことであるが、講習生と動画を見る者にはチンプンカンプンであって理解出来ないと指摘されたので、これを書こうと思った次第である。目からはシェン、神と言う氣のエネルギーが出る。身体から出る一番強力な氣なのだ。古来、鍼を刺す鍼灸師は神、シェンが必要である、と言われた。目は細く、患者の挙動を見逃さない鋭い眼光で患者を観察する。私の目は生まれつき大きくて、細く眼光鋭くないが尤氏長寿養生功を学んでからは、師母といつでもにらめっこをして睨み合いを二十年ほどしたので、目は大きいが眼光が鋭くなった。中国からの来客、私の師兄史先生が言うには目の神、シェンは身体の中の氣、心、魂の全てのものが結実して出てくるものである、と言っていた。浄化された身体中のエネルギーが目に現れて放出される。そう言えば、ジェット機のエンジンが回転してる時のエンジンを前から見るとフクロウなどの猛禽類の目に見えるように作られて鳥がエンジンに入り込むことのないようにしたり、イースター島のモアイ像の特徴ある目などなど、目に関する面白い説が存在している。東洋の宗教画、特にチベットの絵には目が描かれていることが多い。氣のエネルギーの象徴として描かれているのかも知れない。理屈はどうであれ、ドクター尤老師は師母の神、シェンを育て、師母は私の神、シェンを育てた。そして、私が今、道場生と講習会参加者の神、シェンを育てている。今でも伝承は受け継がれている。ちなみに勁空勁は参加者全員に対して百パーセントの成功率であった。