私は人生をかけて、妻は命をかけた

私は妻が亡くなって、遺骨を日本に持ち帰り、埋骨の際、約束した。心に

誓った。この尤氏長寿養生功を日本にタネを撒き、育て、日本中に拡めることを。大塚の道場を任せたオトコの

反乱を鎮めてこの氣功の再出発を

残った道場生と一緒に果たすことを約束した。私の妻は、当時神田真澄こと姜吉隆が東京大塚の道場での行状を全て道場生から聞いて、把握して私に

報告がついに届いたのである。道場生と私の両方に嘘をついて、己れの都合の良いように道場生と私の両方を手玉にとっていたのであった。妻は当時日本に行ける状況にはなかった。私の代わりに行くと言い張って、人の手を借りなければ、歩けないほど、肉体は、症状は悪化していた。それでも、日本行きを敢行して、アメリカに戻ってきた。戻ってきてから

寝込むようになって、私は必死に看病、介護をしたが、それも虚しく、他界

した。妻は、私の老後の残りの人生を残った道場生と一緒に私がこの氣功を再生することを願って、この世を去ったのであった。師母と猛特訓をした妻は師母の

日本女性で最初で最後の弟子になったことを誇りにしていた。姜吉隆が道統を乱して、自分が、自分が、と別派を立てることを予測警戒していた。師母と二回しか面会していないのに数年間の過酷な訓練をしたと姜吉隆のホームページに書いていたことを烈火のごとく怒っていた。

私はこの妻の気持ちを思うと、尤氏意拳を解散させることは今度は私の命をかけて行う仕事と思わざるを得ない。

ドクター尤老師と欧陽敏師母の気持ちを思うと、居ても立ってもいられない。人のカネを掠め取り、人の気持ちを逆撫でして、人の寿命を縮めた

姜吉隆には尤氏意拳の宗家創始総師範を

名乗らせる訳にはいかない。ましてや、本格的に習ってもいないのに、師母から習ったような印象を与える嘘をついて、

宗家創始総師範の称号を勝手に自分で自分につける厚顔無恥の行為を赦す訳にはいかない。これは私の残りの人生の

ライフワークとなる。