ミミの願い

ミミは師母の三人いる娘さんの一人で、師母の晩年一緒に住んで師母の面倒をみていた。私が日本に帰国する前に私を呼んで、頼みがあると言う。父親のドクター尤を尊敬していて、ミミ自身も医師であった。文革で地方に飛ばされて、大変な苦労をしたと言っていた。それはともかく、私が日本でテレビ番組に出演して勁空勁を紹介したのを知っていて、もし、これからマスコミに出ることがあれば、ミミの父親であるドクター尤老師を日本のマスコミを通してドクター尤老師の名を言って、顕彰して欲しい、ということであった。私はすでに、言われなくとも、師母とドクター尤老師の名前をテレビや雑誌で紹介して日本では氣功界と武術の世界では、すでに知られている存在であることを伝えたら、ミミは大変喜んでいた。ミミと師母に自分の書く本に載せる写真を提供するように頼んだら、ミミと師母に写真をもらえなかったオトコは逆上して私が師母に彼の悪口を言って写真がもらえなかったと思い、私に相当な悪態をついて、その本に私のことを悪しざまに書いていたことがあった。自分で勝手にドクター尤老師の名前をつけた氣の武術を立ち上げたオトコがいることをミミに言ったら、何と言うのだろうか?私はミミとの約束を守って三十年経つ。今でも、講習会では、毎回ドクター尤老師と師母の名前を黒板に書いて、尤氏長寿養生功の正統な系列と卑怯な離叛者の名前を書き、参加者に説明してミミの願いを叶えて、約束を守っている。