絡まった糸
絡まってしまった糸をほぐすのには
一回で糸を引いても糸は解けない。
何回もあれこれ試してみると、少しづつ
糸は解けて来る。太田氣功道場も私が帰国以来、さまざまな糸がこんがらがって
解けない状態に陥っているが、一筋の
方向性を示すことが起きている。
長年の夢と希望であった、チベット密教のダライ・ラマにつながる日本人と
出会いがあった。いつの日かチベット密教とつながるきっかけになるのではと、
期待が高まる。瞑想の段階をもっと上げる可能性が出てきたのである。このところ毎晩寝ずに瞑想しているとこんなにも
自分でも思わない展開になって来ている。
大変嬉しく光栄なことと思わざるを得ない。人間の思惑と神の采配は絡まった糸を解く方向性を示すヒントを与えてくれるものであった。人間の思惑だけでは
上手く生きていけない。もがき苦しみ
毎日努力精進して諦めないでいると
一筋の光明を見出していく。カネやモノ
では解決出来ない。絡まってしまった糸
は何回も何回もその中に入ってくんずほぐれつあれこれ引っ張ったりして毎日の
ルーtィーンをこなしていると思いがけ無く糸は一本の糸になる。腐らない、自暴自棄にならない、諦めないで、毎日するべきことをこなしていると、思いがけない糸を引いただけで、絡まった糸は
解けることを学んだ。基本はやはり
瞑想である。初めから道順手はずは決まっていて、段取りは用意されているかも知れない。智慧のある人なら糸は絡まることはないだろうが、瞑想してもいつまで経っても人間であることには変わりがない。
愚かで心は乱れる。未来将来の太田氣功道場の姿がおぼろげながらも、見えてきた。人との出会いが道すじをつけて行く。一旦出来た良縁の繋がりを大切にする。切ってはいけない。keep するべきモノなのだ。絡まった糸は解けないでいるだけで、まだ切れてはいない。