身体障害者

私は身体障害者4級、介護度2級の国公認の身体障害者手帳を持つ身体障害者である。以前は皆さんもテレビで観たこともある健常者であったが、訓練の激しさで左膝が壊れ、道路で転び、身体障害者となってしまった。今は杖無しでは歩けない。それでも、前述した通り、リハビリと整体で回復の一途を辿り、左脚の筋肉は少しずつ大きくなって氣のチカラがもっと大きくなって来ている。今年の二月にタヒチに行き、その後に九州で講習会を開催して、先月は北海道で講習会を開いた。私の身体の障害に打ち勝ちながらも仕事をして、生活を送っている。それなのに、尤氏意拳の総師範とキッパリ道場の総大将は五体満足で、見栄えも人が羨むほどの良い見栄えで、背丈もそれぞれ百八十センチ、百七十センチ、であるのに私からホンモノの尤氏長寿養生功を習っておきながら、それぞれ、自分のニセモノ道場を開いている。総師範は、その上に私の名前で借金をして一円も返済していない。私より立派な身体をしているのに他に仕事もしないで、総師範の職業でふんぞり返っている。キッパリ道場の大総大将も私より大きい身体と教員免許を持ち、モデルだと言いながら、瞑想のマスターとも言って、ニセモノ師範の瞑想教授を行なっている。これを聞いて何かおかしいと思わないだろうか?私より立派な身体を持ちながら、立派な肩書きを持ちながら、何故それぞれ、武術と瞑想の道場を開いてホンモノであるようなそぶりをしなければならないのであろう?一方、私は今、私の持っているもの、残っている右腕と右脚と私が培った氣のチカラをさらに養い、老後の生活を支えているのである。何故この両名は五体満足で持っている資格も有効に使わずに私の道場でチョットだけ習ってすぐに教え始めるのであろう?心が歪んでいる。身体は健常者でも、心が障害者なのだ。ひとつふたつの資格では満足出来ない、心が不具者である。こう言う私にカッコツケのうまい言葉で反論するだろうが、どんな言葉を用いても、この両名が行なった私の承認無く、充分な資格と修行無く、一派を開く愚行のいい訳を正当化することは出来ない。正当性と正統性のないニセモノ道場は社会では認められない。そんな愚行をする心は一体、どこから来るのであろうか?私がその理由を開示する前に道場を解散して欲しい。私にそこまでさせてしまうのか?理性がまだ残っているのならば、一日も早くニセモノ道場を解散してもらいたい。私の懸命なリハビリと私を無料で施術してもらった整体で、明日もまた、指導員の上級者クラスで、指導員を空中に氣で放り投げるのである。尤氏長寿養生功の正しい継承が続いている。