経験は教えられ無い

私が勁空勁を初対面の者に打てるようになっているのは、私が何万人という数の人間との実験を兼ねての実践的な体験の結果である。私の指導員が現在勁空勁を出来るようになった今、私は彼らに他の流派の武術武道の道場に行って、交流を勧めている。いわゆる武者修行ということである。別に戦いに行け!と言っている訳ではない。しかし、勁空勁の打ち方を教えた今、本番の初対面者との交流までは教えることは、私には出来ない。そればかりは本人の努力に任せられる。修行の順番手順は今も昔も変わることはない。私は勁空勁をいつでも誰にでも何処でも打てるようになりたかった。それで、敢えて海外に出かけて初対面者との勁空勁の交流を試したのであった。私の通った道を同じように歩み、私を超えて行って新たな境地を開いて欲しい一心なのだ。