治療師失格

島を去るにあたって、気掛かりなことがある。Kevinと言う名の患者のことであった。kevinの父親は小学校の教師で例によって、タヒチアンの巨人であった。しかし、教養は高く、英語で会話をする。座骨神経痛でよく歩けていなかったが、私の治療でいっぺんに歩けるようになったけども、長男のKevinは生まれた時に脳に障害があり、右の股関節に問題もあって、歩くことが出来ない。年齢は二十七歳なのにオムツをしてクルマ椅子で食事を摂る。何か出来ることはないか?と思い、無料で彼らの家での治療を申し出た。身体は父親似で私より大きく、何も分からないまま、頭の百会と耳の神門に打った鍼の痛みに反応して大声で泣き叫ぶのであった。股関節を少しでも柔らかくしようと環跳と言うツボにも鍼を刺す。チカラは私より強いので、私の障害を負った身体ではこちらが吹っ飛ばされるほどのチカラで抵抗する。父親が両手で押さえ込み、落ち着いたのであったが、私はKevinの叫び声を聞きながら、涙が出て止まらなかった。そして、神道祝詞が勝手に口から出て、祝詞の奏上をしてしまった。他に何もすることが出来ない私にはそうすることしか出来なかった。彼が脳に障害を負ったまま生まれて二十七 年も経って、哺乳瓶を加えて水を飲む。彼の姿と家族の苦労がいっぺんに私を襲い、涙が出て止まらなかったのである。これでは、私は治療師としては失格であったろうと思う。