氣功は科学である

現代の科学に比べれば、以前に、何の科学的な根拠も無いと言われた氣功は古代中国に於いては立派な科学であった。人間の科学技術が発達していなかった古代中国にあっては、原子や分子にあたるものが氣であったのであろう。感覚的に異常に敏感で発達していた者が人間の経絡に気づき、氣を発見して中国医学を築き上げた。私が西洋医学と融合した中国医学中医となって、氣功を考える時、氣功は立派な科学であって、予防医学と言えるものであると確信している。今の時代になって、予防医学と言う言葉を使うようになっているが、古代においてすでにそのコンセプトが存在していた。最新の医学の研究で東洋医学の科学性は証明されて、その根拠も解明されている。最新の医学研究 のレポートの理論と古代中国の理論は驚くほど似ている。同じことを言っている。私は何人もの患者が長年悩んでいた病いを初回の一回で即治させたことが何度もある。全て氣の成果と言える。私が触れずに人を投げた時に鼻で笑った自称科学者の大先生を私が立てなくしたことを自分の脚が弱かったと言って、氣でそんなことができることを認めようとしない。科学者のプライドが許さないようである。科学者が科学的であるとは限らない。科学は実験と観察を繰り返し、再現性を確立するものである。私は三十年のあいだ、実験と観察を重ねて初めて会った者を 投げられる再現性を確認確立している。私が催眠と氣功は共有する部分があると言うと、氣功は催眠だと言い始める。一体どちらが科学者であるかわからなくなって来る。