恥と誇り

「地面師」ならぬ「師範師」たちは師匠先輩道場生を差し置いて、恥の無いニセ道場を開いて、師範、総大将と自称して生徒を集めている。恥も、誇りすらない行為を恥ずかしいとも思わない。どんなにきれいな言葉で自分の恥ずかしい行為を正当化しようが、たったひとつの事実は資格と実力を無視して、尤氏長寿養生功太田氣功道場の秩序と序列を無視して、自分のうす汚ない自己顕示欲を満足させる為、金銭欲を満足させる為に正統性のない尤氏意拳、キッパリ道場を立ち上げて悦に入っている。誇りは人生を生きるよすがで他人に迷惑かけずに生きる大事なものである。誇りを捨てて他人の怨みを買ってまでする行為を恥とも思わないようである。こんな者たちに尤氏長寿養生功を教えてしまった事を私は一生の不覚と恥じている。尤氏長寿養生功は私の誇りなのだ。人の役に立つならまだしも、己れの我欲の自己顕示欲と金銭欲で、他人をだまし、利用した行為は一生消えることのない、誇りなど無い恥で一杯の、自分の生徒には自慢出来ないものである。こうしてブログで糾弾しても馬耳東風で、平然とニセ団体を運営している。私の言葉など気にする気配すらない。カエルの面に小便だ。恥も誇りすらない彼ら「師範師」のこれからの人生はどうなるのであろうか?輝かしい未来が待っているとは、私には思われない。