神秘体験

人生の中で神秘体験をする者は意外に多いのではないだろうか?特に座禅を組んだり、ヨガや呼吸法などでは神秘体験をすることがあると思う。私は尤氏長寿養生功の站椿功、立禅をしている時に数え切れないほどに神秘体験を経験をした。道場である車が二、三台入るほどの大きさのガレージに私の身体が収まり切らないくらいに大きくなって、頭や腕が天井と壁に当たって、窮屈な感覚になっている。怖くなって目を開けると何のことはない。ただ立っていただけである。私の先輩にそのことを聞くと、ア、何でもないよ!みんながそんな経験するから、慌てないでそのまま立っていろ!と言うのであった。それ以来、今度はどんな体験をするのだろうと瞑想、特に立禅が楽しみになった。次にはちびたえんぴつのサイズになったり、前方45度に傾いて立っている。力学的には絶対不可能な形で立っているので、アレ、どうやってこんなように出来ているのか?と思って、そのままにしていろ!と言われていたのでほっといてそのまま立っているともっと傾いて、30度になってほとんど床に鼻がつきそうになっている。ある時にはエレベーターに乗ってるように自分の身体が上に上がって行く。どこまで行くのであろうと感覚的に自分は今どれほどの高さにいるのだろうと探ると、ガレージを離れて、地球を飛び出し、宇宙空間にいる。ある時は逆に地球深くドンドン下がって行く。不思議な体験を何回もした。こんな経験をした後には、自分の氣が増大して、師母が私の目を見つめただけで、私の身体が動き始めて、十五メートル離れた所に私は勝手にミツバチが八の字を書くように私もまた、八の字を書いてバタバタ早歩きをして、師母の側にいただけでも膝がガクッとして師母が歩くと私はアヒルのようにトコトコと後に付いて行く。不思議な、不思議な体験をした。瞑想をする者が地に足をつけるようにして瞑想をすると氣が触れることはないが、禅においても、ヨガにおいても、精神的におかしくなってしまうことがある。瞑想はしっかりした目的と目標を持っていないと危険なモノとなる。そして瞑想を教える師匠を選び間違えると、自分の一生を台無しにしかねないことになる。尤氏長寿養生功はしっかりと健康長寿を目的目標として、氣を常に下に下げる訓練をするから危険を避けることができる。安全な瞑想法なのである。氣を上に上げると氣が頭に登り、脳に異常を起こすことになる。瞑想と言っても、どんな瞑想をするか、知っておくことは大切である。本で勉強したとか、勝手に自分で出来てしまった、と豪語する者に学べば伝統と歴史が無いから、経験の浅い、個人の私見と見解の瞑想であるので、神秘体験になって精神的におかしくなった時の対処法が分からない。我々尤氏長寿養生功には氣が頭に上がってしまった者を元に戻す伝統的な対処法がある。あり余る実力と経験を積んで来た師母の薫陶を受けた私が引き継いだ私が指導している瞑想であるので、私の道場生は安心して訓練できる。なお、神秘体験は、瞑想をする者には不可避なモノで、神秘体験を通過して瞑想の質が上がるモノでもある。瞑想の上級者になる関門のようなモノである。