成せばなる

熊本では、幣立神社という一番古い、日本を守る神社として知る人ぞ知ると言う神社が山のてっぺんにあって、私も参拝したいと思い、百五十段もある階段を片足半歩ずつ登って神社に到着した時には、汗びっしょりとかいて体重をかけ続けた利き脚の右膝は根をあげて痛んで上手く歩けない。そこから龍神が住むと言う池まで、また下って歩くことになり、険しい細い山の中の道を痛みのある脚を引きずりながら、木の根が階段になっている道をさらに下って行く。前日歩けない患者が今日は私の手を引き、一緒に急な斜度の道をようやく抜けて龍神の池にたどり着く。膝の関節はギシギシと音を立ててフラフラになっている。そこでも参拝して、また来た道を今度は戻らねばならない。脚の悪い私には斜度が三十度ほどにも感じる山道は地獄の道だった。クルマの待つ舗装された道に着いた時には同伴の人たちが私に拍手をしてくれたのであった。途中道が険しいので、参拝は難しいのではないか?と諦めようかとも思ったけども、ここまで登って来た限りは戻ることなど出来ないと思い、多少辛くとも完歩出来れば達成感があるだろうと思って痛みを堪えて歩ききったのである。二日後の今日は筋肉痛があって歩きづらい。成せばなる!とは上杉鷹山が言った言葉であるが、気迫と根性があれば、なにごとをも貫徹出来る。尤氏長寿養生功を学んだ時も、気迫と根性で道場の筆頭になったのであった。その時にも膝痛があっても耐え抜いた。成せばなるである。私の経験では膝痛や筋肉痛では人を殺すことはない。逆に気迫根性を鍛えあげることになる。